魔天聖地


狭い操縦席の中、忙しく表示を切り替えるパネルを確認しながら、操縦桿から伝わる手ごたえを確認する。機体の隅々にまで満ち溢れる爆発的なエネルギーが、そこに座っているだけで一種の高揚感を搭乗者に与える。
 操縦席に座る少年――その名を、郭(くるわ)雅人(まさと)という。
 ほぼ全身を包む対衝撃スーツを装着し、長く伸びた髪を後ろで結わえた、表情に幼さの残る少年。外見だけを見るならば、普通の子供となんら変わりのない、十五才の若者。
 だが彼こそが――新たな戦争を切り抜けるための切り札。
 前の戦争で極秘裏に回収され、現在の技術で改修された『悪魔』の操縦者なのだ。
「結晶光(アークライツ)機関、出力安定……」
 冷たく光る目線で、モニターの向こうを見据えながら、雅人は呟く。
「外装甲自在変形システム、反応良好。計器類オールグリーン。各武装伝達系……」
 雅人は右手の操縦桿を強く押し込む。
「暴食鉄拳(グリーディナックル)!!」
 吼え猛る彼の意識に呼応して、『悪魔』の右腕が飛ぶ――初速で音速を超えたその暴虐なる拳は、遠くに捉えた敵機へと向かい驀進していく。
 天を駆ける拳は、轟音を立てて多足型の敵機動兵器――認識名、バエルの胴体に大きな風穴を空けると、二体目、三体目と、次々と叩き潰していく。
 五体ほど破壊した後、『悪魔』の右腕は元の位置に帰ってきた。状態を確認するように、『悪魔』は掌を数回、握ったり開いたりする。
「音声及び脳波感応システム良好、戦闘可能レベル最高(エクセレント)」
 少年は微笑すると、大きく息を吸い、そして吐き出す。
「覇王、指示をくれ」
「了解」
 通信機の向こうから、オペレーターの女性――君嶋(きみしま)史子(ふみこ)の快活な返事が返ってくる。
「作戦目標、敵機動兵器の完全沈黙。繰り返す、目的は奴らを皆殺しだよ、雅人くん」
 その言葉に雅人は苦笑し、微笑し、冷笑した。
 一つは史子へ向けられたもの。
 一つは戦闘の高揚感から来る歓喜のため。
 そして最後の一つは、一方的に破壊される運命の、彼らに向けた哀れみの微笑み。
「作戦了解(オールライト)」
 『悪魔』は鋼鉄の唇に笑みを浮かべ、獲物を前にした肉食獣のように前傾の姿勢をとる。
 剛弓の弦を引き絞るように、ぎりぎりと、ぎりぎりと。
「人型機動兵器『悪魔』改め、多目的破壊工作機動兵器『魔騎士』吶喊する!」
 研ぎ澄まされた悪魔の牙が、今一度放たれた。

 場所は変わり、戦場から数キロほど離れた地点にて――
 かつては――首都として数多の人々で賑わった、東京と呼ばれたその地。
 此度の戦争で焦土と化し、かつての繁栄は見る影もないこの地に、ひときわ目立つ建造物が残っていた。
 そのシルエットは、まるで城。
 江戸時代の天守閣を思わせる上層部に、長く伸びた下半分の部分はまるで戦艦か空母を連想する。
 否――これは建造物ではない。
 微速ながらも前進する城など、この世には存在しない。
 だとするなら、これはもう一方の印象のとおり、戦艦なのだ。
 全局面対応型、陸海両用地上戦艦――『覇王』
 まさしく、戦場の覇王として君臨するべく造られた巨大な戦艦。
 ほぼ壊滅状態の軍部の中で、唯一まともに機能している独立戦隊『天魔』の母艦である。
その艦橋部分。外観から見て、城の天守閣に当たる部分に、彼らは居た。
 扇状に広がる艦橋に、君嶋史子を含む数名のオペレーター、主砲砲手、操舵手、そして扇の根の部分――周囲より一段高く備え付けられた、重厚な椅子に座る男。
 すでに齢五十を数え、短い頭髪には白髪が混じり、それでも尚眼光鋭き前大戦の勇者。戦争を忘れ、縮小されていく軍部の中で『天魔』を組織し、危険視されながらもその信念を曲げなかった男。
 彼の名は、平井(ひらい)岳(たけ)嶽(がく)徒(と)。
『覇王』の艦長にして、『天魔』総司令官。それが平井岳嶽徒という男である。
「『魔騎士』交戦状態に入りました」
「ああ……」
 史子の報告を受けながら、平井岳は艦橋の前面部分、外部情報を映す巨大なモニターを見つめている。
 モニターの向こうでは、『魔騎士』が剣を振るい、並み居る敵機をゴミのように蹴散らしていく。
 全く相手にならない――レベルが違うもの同士の戦いに、平井岳は微笑を浮かべた。
「無茶苦茶な戦いだな」
「そうですね」
 ぽつりと漏らした平井岳の呟きに、史子が短く答える。
「だが、私はもっと無茶苦茶で、もっと恐ろしく、もっと荒唐無稽な戦いを知っている」
 平井岳は表情に浮かんだ笑みの皺を深めながら、言葉を続ける。
 モニターを見つめるその目は、『魔騎士』の戦いを通して、かつて見たその光景を見通しているのか。
「前の大戦ですか……」
「そうだ。あれに比べれば、この程度の戦いは序の口に過ぎんよ」
 含み笑いと共に告げる平井岳。その笑いにはどこか自嘲の響きが感じ取られる。
「だが……嫌でもまた、あの戦いを見させられるのだろうな。私も、君たちも」
「はぁ……」
 返答に困ったのか、史子は気のない返事を返し、黙ってしまった。
 モニターの向こうでは、相変わらず現実離れ(コミカライズ)した戦闘が繰り広げられている。
 このままいつもの様に『魔騎士』の圧勝で終わる――かに見えた。
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