水滴の器




    3

 私は、どうしようもない程に深崎誠二を愛している。その想いはあの時以上に、強く、激しく、狂おしい。

「ごめん、待たせた?」
 私は急いで着替えてきたが、大分誠二を待たせてしまった。しかし、誠二は気にした様子は無く、
「いや。急ぎ過ぎだよ、お前は…」
 逆に彼に嗜まされた。
 深崎誠二は、どこか昔と雰囲気が変わっていた。元々落ち着いた感じの人物だったが、今は何があろうと動じないような雰囲気がある。
「さ、行こう」
「うん…」
 私達は行き先を口にする事無く、歩き出した。
 口にしなくても行き先はわかっていた。私たちが行くべき場所はあそこしかない。そもそも、今の私たちが共に行く場所など、もはやあの場所しかないのだから。
「「………」」
 並木道に連なる木々の葉はほとんどが力尽き、その下に死骸のように朽ちた葉が重なり合っていた。私達は、その落葉が形作る道を無言で歩き続けた。
 時に吹き抜ける極寒の風が、残り少ない木々の葉をもぎ取り、死骸の山に突き落としていく。そして、その葉の死骸を乾いた音を立てて、私たちが踏みしめていく。
「あれから、もう一年か…」
 石段を前にして、誠二は一度歩を止めた。私も彼と同様に自然と足が止まっていた。いや、震えていた。
 誠二も、私自身も、心がこの先に進む事を拒絶しているのかもしれない。
「うん。永遠にこの日がこないかと思えるくらい、長い長い一年だったね…」
「…お前は、そう感じたのか?」
「誠二はどうだったの?」
 その問いに誠二は口を閉ざし、ただ無言で澄み切った蒼穹を見上げた。
 私は誠二の答えを待ち続けた。誠二の答えが無い限り、私達はこれ以上進めないから。
「俺にとって、この一年は…、ずっと、ずっと止まり続けていた。でも、これ以上止め続ける訳にはいかない」
「…うん」
 震える足で、私達は一歩を踏み出した。その歩みは鉛のように重く、止まっているかのように遅い。しかし、私達は確実に進んでいる。
 静謐な緑に包まれた場所。そこには石造りの物が、ただただ連なり続けていた。この不気味な程に無音な空間に、私達の足音だけが響いた。
 私には、いや、きっと誠二にも、この石造りの道が恐ろしく長い道に思えているだろう。どれだけ歩いても先には進めるはずも無い、そんな圧力を心のどこかで感じているかもしれない。
 だけど、それでも私達は進んでいる。
「…着いたな」
「うん…」
「…ようやく、着いた」
 誠二は目の前の石柱にひざまずいた。
その石柱には、こう刻まれていた。瀬名家之墓、と。そして、その墓に刻まれた名の中に、誠二が本当に愛した人の名が真新しく刻まれていた。
 没、平成十五年、瀬名真紀。去年、交通事故で亡くなった、私の双子の姉だ。


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