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4 俺は決して忘れない。あの悪夢の事故が起こった日を。瀬名真紀が死んだ日の事を。 「真紀。久し振りだな…」 俺は無機質な石柱に手を突き、決してここに居ない少女に呼び掛けた。 「…お前が居なくなって、もう一年だ…。この一年間、俺にとって何も無い空っぽの一年だった。何を見ても、何を聞いても、何に触れても、何も感じない。この世のありとあらゆる物を拒絶して、俺は…まるで死人のようだった。いっそ、お前の居る場所へと逝ってしまおうかと思った。でも、俺は今ここにこうして生きている…。空っぽのくせに、生への執着だけは捨てられなかった。狂おしい程にお前に会いたかったのに、俺は死を選べなかった」 両手を突き、頭を擦り付け、俺は祈るような形で墓石にもたれかかった。 「ごめん…、真紀。俺はまだお前の所に逝けない。本当にごめん…。…ごめん…」 瞳からこぼれる水滴が、一つ一つ音を立てて落ちていく。止まる事の無い水滴の雨を受け止める物は何一つ無く、地面には水滴の落ちた跡が点々と刻まれた。 ぽつり…、ぽつり…、ぽつり…。 振り続ける雨。俺は滲んで見えなくなった視界を拭う事も無く、その雨の行き先を見届けた。俺には、そうやって祈る事しか出来ないから。 「そして、さようなら、真紀…」 俺は静かに墓石から身を離していった。 「…ごめん。…さようなら…」 ぽつり…、ぽつり…、ぽつり…。 雨音がする。冬の雨が静寂に包まれた墓地に舞い落ちた。 「…誠二」 彼女が俺にハンカチを差し出した。 「…ごめん」 俺には、そのハンカチを受け取る資格は無い。俺はまだ、彼女の中に、真紀を見出している。 彼女は無言でハンカチを仕舞い、墓石の前にひざまずいた。何かを祈るように。何かを請うように。 「…貴方にとって私は、姉さんの代わり?」 「………」 何も応える事が出来ない。俺の心は、まだ真紀の面影を見ているからだ。 静かな雨音だけが静寂を破る。水滴が俺たちを責めるように降り注ぐ。 「…不思議灘ね。あれだけ憎かった姉さんを、今の私は憎む事が出来ない」 彼女はゆっくりとなぞるように墓石に触れ、零れ落ちる水滴を拭う。 「本気で憎かったのよ。それこそ、殺してやりたい程に。 でも、本当に死んじゃって…、悲しかったけど、どこか、ほっとしていた自分が居て…、怖かった。こんな自分自身が恐ろしかったし、許せなかった! …ごめんね、姉さん。ごめんなさい…」 俺は彼女に歩み寄り、抱きしめようと手を伸ばす。しかし、その手をもう一人の俺が止める。 今の俺にそんな事をする資格は無い。嗚咽する彼女の背中を見つめる事しか、俺には許されない。 「…私は一生、姉さんに敵わないのかな…?」 「そんな事無い…」 「…えっ…」 俺も彼女の隣に膝を付いた。 「…人は過去を越えられる。どれだけの悲しみがあっても、乗り越えられるはずだ。何があっても、乗り越えてみせる。だから、俺と一緒に来てくれないか…?」 「…誠二」 「お前が必要なんだ…。お前が居なかったら、俺はとっくに諦めていた。真紀が居なくなった時、お前の励ましがあったから、俺は今ここに居られるんだ。だから、これから先も一緒に過去を乗り越えて欲しいんだ」 今はまだ彼女に触れる資格は無い。だけど、 「いつか、お前を…真紀の代わりとしてではなく、この世でたった一人の大切な人として見つめてみせるから。それまで待って欲しいんだ。都合のいい事を言っている事はわかっている。だけど、俺はお前無しにはもう生きられない」 ぽつり…、ぽつり…、ぽつり…。 雨は続く。まだ続く。だけど、いつの日か、きっと晴れる。それはきっと美しい快晴。 ぽつり…、ぽつり…、ぽつり…。 水滴は静かに大地に降り注ぐ。 少年の少女は、一つの小さな折り畳み傘で、その雨をしのぐ。寄り添うでもなく、離れ過ぎずでもなく、しかし、一つの傘の中で共に雨をしのいでいる。 傘の中で、少年がぎこちない表情で話しかける。少女は、少年の表情が可笑しくて笑い出す。 少年は少し不機嫌そうに少女から離れる。しかし、その分だけ少女が近づく。それでも二人の距離は相変わらず、微妙な間合い。肩が触れ合いそうで、触れ合わない距離。 少女が微笑み、少年も釣られてぎこちなく微笑む。 止まっていた二人の時間が、ゆっくりと動き出す しかし、その時間はとても緩やか。止まっているのとかわらない程。しかし、それでも確実に動き続けている。 ぽつり…、ぽつり…、ぽつり…。 水滴は二人を慈しむように降り注ぐ 終 <<3章へ |