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第一章 終わりの始まり 1 作:遠野 秀一 1. 止めないと……。 これ以上、惨劇など起こしてたまるものか……。 ここで止めないと、もっと酷い惨劇が起こってしまう……。 「陽平! 動いちゃ駄目! そんな体で無理したら、本当に死んじゃうよ!」 リーズは俺を心配してくれているが、自分の体のことは自分が一番わかっている。俺はもう助からないだろう。そもそも即死しなかったのが奇跡だったくらいだ。 ……ごめんな、お前の想いに応えられなくて……。 泣きじゃくるリーズを押し退け、俺は進み続けた。どうしても進まなければならないのだ。この惨劇を終わらせるために。 「陽平君、お願いだから止まって! せめて、血だけでも止めないと……」 「そうだよ、陽平。貴方は静夜のたった一人の家族なんだ。君が死んだら、静夜が悲しむ……」 リゼットと司も俺を止めにかかった。さすがに三人がかりで止められれば、俺も動けなくなった。この傷さえなければ、振り切れたのに。 「離せ、よ……。俺は、行かないと、いけねぇんだ……」 「その傷じゃ無理に決まってるでしょ! リゼット、止血して!」 「うん、わかってる! ……ッ!?」 リーズと司が俺を押さえ、リゼットがナイフで俺の服を破く。傷口を最初に見たのは、リゼットだった。だからこそ、彼女は絶句して手を止めた。 「リゼット、何をしてるの!? 早く、早く……」 致命傷なのは間違いない。だからこそ、リゼットは言葉を失ったのだ。 「と、とにかく、止血を……」 リゼットは必死で傷口を押さえるが、血は止め処なく溢れ続けた。 手の施しようがない。それは俺が一番よくわかっている。今俺が動いているのは、ただの意地だった。 だが、そろそろ限界かもしれない。 あぁ、寒い……。意識が朦朧とするし、体もまるで石のように重い。本格的にヤバいみたいだ……。 「陽平! しっかりして!」 「……結構、頑張ったんだが、もう無理っぽいな……」 「陽平、諦めちゃ駄目だ……」 崩れ落ちそうになる俺の体を支えながら、司は励ましの言葉を掛けてくる。しかし、言葉でどうにかなるほど、この傷は浅くはない。 「司、静夜を頼む……。あんな奴でも、俺のたった一人の弟なんだ……。あいつ、頭はいいが、結構馬鹿だからな……。親友のお前が、あいつを諌めてやってくれ……」 「陽平……。駄目だよ。こんなところで諦めるなんて、貴方らしくない……」 きついこと言うなって……。悔しいが、もう限界なんだって……。 司はまだ諦めるなと言うが、俺にはもう残された時間はなかった。俺の生はあと少しで終わってしまう。結局、俺に惨劇を止めることはできなかった。 「リゼット、静夜が楓以外にあんなに気を許したのはお前だけだ……。お前だけは、あいつを信じてやってくれ……」 「……は、はい……」 頼むぜ、本当に……。静夜を変えられるのは、お前しかいないんだ……。 リゼットはしっかりした奴だから心配はないのだが、どうにも精神的に弱い。頑張って俺の死を受け入れようとしているが、悲しみに呑まれているようだった。 「……リーズ、ごめんな。もう一緒にいられないんだ……」 「嫌……、嫌々……、死なないで、陽平! お願いだから生きてよ、陽平!!」 「……俺は、お前の気持ちに応えられない……。どうしても、忘れられない奴がいるんだ……。だから、ごめんな……」 リーズの想いは嬉しかった。しかし、俺の心にはまた彼女がいる。それが届かない想いだとしても、それでも柊木楓が好きだった。 あぁ、だからこそ、この惨劇を止めたかったんだ……。 楓はきっと悲しむ。こんな惨劇を、彼女は望んでいるはずがない。俺はどうしても、止めなければいけなかったのに……。 頼む、静夜……。止めてくれ、この惨劇を……。 一一月某日 「あ〜、今日は転校生を紹介する」 担任の言葉に、教室中から歓声と喝采が上がった。 平凡な学園生活において、転校生の来訪は重大なイベントの一つだった。それを喜ばぬ生徒はいないだろう。それは県内随一の進学校、静林学園高校においても同じことだった。しかも、その転校生が目を見張るような金髪の美少女の双子なら、尚のことだろう。 一ヶ月前に起こった惨劇も、ようやく忘れ始めた頃に訪れた新しい風。 あの事件で一番被害が多かったのは、静林学園の生徒だった。友人を失い、悲しんだものも多かった。だからこそ、過去に縛られない新しい未来に向かう風を待ち望んでいた。 「リーズ・ベルナールです! みんな、これからよろしく! ボク達、二人とも日本語は東北弁から九州弁までOKなんで、仲良くしてね!」 「リゼット・ベルナールです。みなさん、これからよろしくお願いします。言葉の問題はありませんが、日本にはまだ不慣れです。いろいろ教えてください」 クラス中の視線が転校生に向かっている中、風間静夜だけはぼんやり外を眺めていた。 転校生などに興味はなかった。彼の心の中では、まだ柊木牧師が起こした惨劇の記憶は終わっていなかった。あの悲劇が今も彼の心を苛んでいた。 風間静夜は柊木家と深い関り合いがあった。まず、三ヶ月前に亡くなった柊木楓は彼の幼馴染であり、恋人同士であった。楓の弟である柊木司とは、昔から一緒に過ごしてきた友人。そして、柊木司郎牧師の起こした事件を止め、彼の最期を見届けた。 あの惨劇を終わらせたのは、静夜だった。今生き残っている人間の中で、あの惨劇の中心にもっとも近い人物であろう。 だからこそ、周りがいくら惨劇の記憶を忘れようとも、静夜だけは一生あの惨劇の光景を覚え続けるだろう。 「風間!」 担任教師に名を呼ばれ、静夜は視線を前に向けた。と同時に、いつの間にか隣に転校生の少女達が訪れていたのに気付いた。 静夜は今更思い出したが、このクラスで空席なのは彼の隣だけだった。あまりに興味がなさ過ぎて、そんな当たり前のことさえ気付かなかった。 「……俺に何か?」 「お前、隣なんだから彼女達の世話を任せるぞ」 誰にも聞こえないように小さく舌打ちし、静夜は髪をかき上げた。押し付けられた面倒事に嫌気が差しているようだった。 「……あぁ、わかりましたよ(ちっ、反吐が出る……)」 担任は満足したように頷き、連絡事項を話し始めた。 「あ、あの、よろしくお願いします、風間さん」 「よろしく!」 静夜の隣の席に座ったのは、リゼットだった。リーズはその後ろの席だった(これもいつの間にか用意されていた)。 クラス中の視線が転校生に向かい、ついでに自分の方にまで向いていることに気付き、静夜は辟易した。注目されるのは、先の事件で充分過ぎるほど体験した。正直、面倒事まで押し付けられて、ウンザリした気分だった。 やがてホームルームが終わると、予想どおりにクラスの連中が群がってきた。転校生を囲んでの質問攻めだ。 「……ちっ、うぜぇ……」 静夜は小さく悪態を吐き、人が群がり切る前にその場から逃げ出した。 彼は人の喧騒が嫌いだった。静寂を愛す、とまではいかなくとも、周りで黄色い声を上げられるのは腹立たしかった。 生徒達(男子比率大)に群がられているリーズ達には目もくれず、静夜は教室を出た。しかし、鬱陶しさから逃げてきたというのに、静夜がこの世でもっとも鬱陶しいと思っている張本人が目の前に現れた。 「おぉ〜、静夜! なんか金髪美少女の双子が転校してきたって聞いたんだが、本当なのかぁって……ぐほぉッ!!」 とりあえず、心底鬱陶しかったので殴っておいた。 喧しい奴が黙ったので、静夜は何事もなかったかのようにその場を去った。憂さ晴らしついでに、思い切り後頭部を踏みつけてそれを跨いでいった。 ちなみに、今殴って踏みつけた相手は風間陽平。静夜の実の兄である。明るく人懐っこい性格で、いつも人の中心にいる。冷淡でいつも人と距離をとっている静夜とは真逆な性格だったので、静夜は兄が苦手だった(殴り倒すのは得意だが)。年齢は静夜の一つ上で、一学年の上のはずだったが、いつの間にベルナール姉妹の情報を入手したのだろうか。 「お、おいコラ……、待て……」 自販機でコーヒーでも買ってこようと思っていた静夜の足に、亡者の如く腕が絡み付いた。言うまでもなく、兄陽平の腕だ。 とりあえず、一片の躊躇もなく踵を兄の鼻っ柱に叩き込んだ。 「離せ、クソ兄貴。うざい」 しつこくしがみ付いている兄に対し、弟は一切の情けもかけずに全力で蹴り続けた。 こうした光景はいつものことなので、誰も止めない。静夜を敵に回すのはあまりに恐ろしかったし、陽平ならゴキブリの生命力があったので、誰も止めようとすら思わなかった。 「お、お前! 人を殴ったり、蹴ったりするのに躊躇なさ過ぎ! つーか、兄を何だと思ってんだ!」 「……生ゴミ? いや、粗大ゴミか?」 「お前、鬼だな!」 「いや、悪魔だよ。正真正銘のな」 静夜は悪魔のような笑みを浮かべ、倒れたままの陽平に止めを刺そうとした。 しかし、陽平は間一髪でそのトドメの一撃を避け、態勢を立て直した。どちらかといえば、体育会系の陽平は常人と比べても相当運動神経が高い。それでも、陽平は喧嘩で静夜に勝てたことはなかった。 せっかく止めの一撃を避けた陽平だったが、すぐに静夜に胸倉を掴まれて殴られた。 「……ね、ねぇ、止めなくていいの?」 質問攻めにあっていたリーズが教室前での騒動に気付き、思わずそう尋ねた。 陽平は一方的に殴られ、サンドバック状態だった。すっかり見慣れたクラスメイト達にとっては、いつもの光景だった。しかし、客観的な視点から見れば、静夜は陽平を撲殺するくらいの勢いで殴っている。 「大丈夫大丈夫。あれが風間兄弟のスキンシップだし」 「そ、そうなの……?」 悪魔のような残虐行為に目を背けながら、リーズは近くの生徒に尋ね返した。 「あぁ、昔からあぁだよ。陽平が馬鹿言って、静夜がキレて、大喧嘩。いつものパターンさ。巻き込まれるこっちの身にもなれってんだよ。どっちの風間も」 「風間君達とは親しいんですか?」 リーズの質問に答えた男子生徒に対し、リゼットが更に質問を尋ねた。 「んっ? あ〜、静夜とは親しいってほどではないけど、小中高と一緒だったからな。お互い、多少のことは知ってるよ。まぁ、兄貴の方とはそれなりに仲いいぜ」 「……えっと、確か、凪君でしたっけ?」 リゼットは先程聞いた男子生徒の名前を口にした。 凪修司。ベルナール姉妹の印象では、活発でリーダー気質の快男児だった。県一の進学校で上品な生徒が多い中、彼だけは粗野で野性味があるように思えた。お世辞にもあまり頭がいいとは思えなかったので、スポーツ推薦で入学したクチだろうと予測していた。 「あの二人はどんな人達なんですか?」 「あ〜、そうだなぁ。良くも悪くも好対照な二人だよ。クールで知的なのが静夜、熱くて野性的なのが陽平。まぁ、見たまんまだろ? あぁ、頭がよさそうなのが静夜で、馬鹿っぽいのが陽平って言った方が……」 「おい、聞こえて……ぶほぉ!! ちょ、いい加減、止め……ぎゃあああッ!!」 「鬼畜なのが静夜で、ヘタレてるのが陽平って言った方がわかりやすいよ」 静夜をよく知るクラスメイト全員、乾いた笑いを浮かべて視線を逸らした。本音では肯定したかったが、万一それが静夜の耳に入ったら、と思うと誰も何も言えなかった。 今更改めて静夜の恐ろしさを説明するまでもないだろうが、彼は学園でもっとも恐れられている人物だった。 以前、静夜に絡んできた不良がいた。いかに進学校といえども、性質の悪い連中はいるものだ。学内トップの成績だが、目付きが悪くて愛想のない静夜はよく不良に絡まれることが多かった。しかし、そうして絡んできた不良はいつも後悔する。 五、六人はいたはずだった不良達は全員、病院送りにされた。その後、静夜は病院にまで見舞いに行き、二度と歯向かえないように何かをしていったらしい。ちなみに、その何かを文章にすると四百字詰め原稿数枚分になるので、ここでは割愛する。しかし、その不良達は一生静夜に逆らえないようになった。 今、この学園で静夜に逆らおうとする者はいない。陰口を叩いてもその日のうちに粛清されるので、誰も何も言わない。 「あいつは静林学園の魔王様だ。あまり滅多なことは言わない方がいいぜ」 「ちなみに風間を魔王呼ばわりした三年生がこの間、登校拒否になったんだけど、知ってた?」 修司の隣にいた女子生徒が哀れなものを見るような目で、そう言った。 「マジで!? 俺、やばくない!?」 修司を哀れむ視線、約三〇人分。まるでドナドナの子牛を見るような目だった。 余談だが、翌日修司は顔面に大きなあざを作っていたが、それが静夜による粛清かどうかはわからない。彼自身がそれを下さなくても、彼を崇拝する配下が独断でそういうことをすることもあるからだ。閑話休題。 「……ま、まぁ、静夜なんか怖くないやい」 威勢のいいことを言っているが、修司は情けなく震えていた。 男など普段は威張っているが、いざとなると怯えてしまうものだ。土壇場にならなければ、意外に腹を括れないものだ。リーズはその様子を鼻で笑い、リゼットは同情して苦笑した。 「か、風間兄弟のことなんてどうでもいい。リーズやリゼットの話を聞かせてくれよ。確か、二人はフランスの出身なんだろう? いろいろ聞かせてくれよ」 「う〜ん、そうですねぇ……。私達は地中海沿いの片田舎出身ですから、あまり日本人の期待するようなお話はできませんよ。実際、パリ症候群なんてものがあるくらいなんですから」 期待の眼差しを浴び、リゼットは若干困った表情を浮かべた。 日本人の持つフランス人像は、ファッションや芸術に優れたイメージが強いが、それはかなり美化されたイメージだった。確かに、文化の中心パリではそのイメージは正しい。しかし、フランスの全てがそんな煌びやかなものではない。先程リゼットの言ったパリ症候群とは、そうしたイメージと現実のギャップに適応できずに苦しむことを指す。 ベルナール姉妹が育ったのは、地中外沿いの小さな港町。お洒落でもなければ、芸術が溢れている訳ではない。ただ、自然に満ち溢れたいい場所だった。 「まぁ、あれだよ。みんなが持っているフランス人のイメージって大分間違ってるよ。私達が日本人に対して、サムライ、ハラキリ〜みたいなイメージ持ってるのと同じ」 「ふ〜ん、そんなもんかぁ。まぁ、でも、俺が聞きたいのはリーズやリゼットのことだよ。向こうでのこと、いろいろ聞かせてくれよ」 人のいい笑顔を浮かべる修司。少しだけベルナール姉妹は彼に親近感を持った。 「ボク達のこと? う〜ん、そうだねぇ。さっき、リゼットも言ったけど、ボク達は地中海沿いの港町で育ったの。町のイメージは、みんなが持っているような欧米の港町を少し小さくしたような感じかな? そこには、本当にいろいろな人がいたわ」 「補足説明しますと、フランスって向こうでも最大の多民族国家で、本当にいろいろな人種がいるんですよ。例えば、サッカーのフランス代表を見ればわかると思います。白人とか黒人とかが大分混在しているでしょ?」 「あ〜、言われてみればそうだな」 更に追記すると、フランスは東欧から難民を多く受け入れている。加えて、近年ではアフリカや中東からも移住している。そうした移民やその子孫達は失業率が高く、たびたび暴動が起こっている。 ちなみに、似たような問題はアメリカにもある。黒人に対する労働問題は多民族国家の宿命なのかもしれない。平等な世界は、いまだに遠い。キング牧師の願った世界が早く来てくれることを願いたい。 「近くに日本人のお爺ちゃんが住んでて、日本語はそのお爺ちゃんから教わったの。あと、イタリアとかも近かったから、イタリア語もできるわよ。リゼットは、スペイン語も完璧だったわよね?」 「そうね。私はカルラおばさんと仲がよかったから」 「ボク、あの人苦手だったからなぁ。ほら、あの人って怒ると枝切狭持って、追ってきたじゃん」 「それはリーズがカルラおばさんの果樹園を荒らしたからでしょう。私は怒られたことなんてないし」 「そ、そうだったかなぁ。あ〜、でも、カルラおばさんのアップルパイは美味しくて好きだったよ。普通の奴とはちょっと違うんだよね。きっと何か隠し味が……」 話の展開がリーズにとって面白くない方向に向かいそうだったので、彼女は慌てて別の話題を口にした。 「話を聞く限りリーズがお転婆で、リゼットがいい子ちゃんだったって感じだ。まぁ、それは見たまんまだけどな」 「何だとぉ!? ボクだって昔から……」 「シャルル〜」 「あぁ〜、駄目! 言うなぁ、リゼット!」 何があったかは知らないが、この姉妹の力関係が垣間見えた気がする。それと、リーズの子供時代にはいろいろ面白愉快な話がありそうだった。 リーズは慌ててリゼットの口を塞ぎ、その様子をクラスメイト達が笑っていた。この分なら、二人がクラスに馴染むのも時間の問題だった。 |