第一章 終わりの始まり 2




第一章 終わりの始まり 2

作:遠野 秀一 




   2.


「やぁやぁ、リーズちゃん、リゼットちゃん、一緒に昼でも……って、ぐほぉッ!!」
「……何故いる? というか、いつの間にこいつ等の名前を……」

 四時間目終了のチャイム同時に現れた陽平を、間髪いれずに殴り倒す静夜。
 さっそく転校生を昼食に誘おうとしていた生徒達(男子比率かなり大目)は足を止め、一歩もベルナール姉妹に近づけなかった。自分に非がなくとも、今静夜の近くに寄れば余計な火の粉を被りかねないからだ。

「ま、まぁ、静夜君。ここは穏便にいきましょう? ね?」

 のた打ち回る陽平にトドメを刺そうとしていた静夜を、間一髪でリゼットが止める。この時、クラスメイト達はこう思った。なんて命知らずな、と。

「ちっ……。仕方ないな。今日はこのくらいで勘弁してやる」
「てめぇ、人を殴っといて何様のつもりだ!」

 せっかく命が助かったというのに、無謀なことを言う陽平。彼には学習能力が足りない。

「あァ? 何か言ったか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。何も言ってないです。だから、どうか金髪の美少女姉妹と一緒に昼食をとるのを許してください」

 土下座までして卑屈に謝る陽平。そんなに静夜が怖いのなら、初めから威勢のいいことを言わなければいいのに。

「そんなこと俺に言うな。本人に尋ねろ」

 そうする前に問答無用で殴ったのは、紛れもなく静夜だった。誰もがそう思ったが、保身のために誰も口にはしなかった。

「ボク達は構わないよ。静夜も一緒にどう?」
「……まぁ、いいだろう。……だが、俺が行くとなると……」
「……静夜が行くなら、僕も行く」
「もれなくもう一人ついてくる」

 影のようにいつの間にか現れた男子生徒。突如現れた彼にリーズは少しだけ驚いた。
 彼は、柊木司。柊木楓の弟であり、柊木牧師の息子。生まれつき片目に重い疾病を患い、常に右目に眼帯をしている。そのせいか昔から苛めに合い(そうした連中は全て、静夜や楓が排除したが)、人には心を閉ざしがちだった。陰気で無口な性格で、若干姉や静夜に依存しているところがあった。今では姉が亡くなり、彼が頼っているのは静夜だけだった。

「賑やかになるのは歓迎ですよ」

 リゼットが笑顔で言った。
 彼等五人は、揃って食堂に向かった。一行の盛り上げ役は、やはり陽平だった。賑やかに場を盛り上げることに関しては誰にも負けない才能があった。人を引き寄せる天賦の才能が彼にはあった。
 その陽平と一番に気が合ったのは、リーズだった。明るくお転婆な彼女は陽平と馬が合った。逆に、リゼットは静夜と馬が合うようだった。二人とも理知的で、面倒をかける肉親がいるという点で話が合った。

「ここが食堂だ。結構広いだろう? 味も安さも俺が保障するぜ」
「わ〜、楽しみ。日本食〜、日本食〜」

 リーズは和食が大好物らしい。刺身や納豆など、外国の者にとっては好みが分かれるものも大丈夫らしく、主食はほとんど白米らしい。他にも、和菓子には目がないらしい。ちなみに、リゼットも和食は好きだったが、リーズほど偏愛してはいなかった。
 五人はそれぞれ食券を買い、昼食を手にして、席に着いた。リーズと陽平は和食、静夜とリゼットと司は洋食を選んだ。

「なぁ、リーズ、リゼット? 二人はこっちに来て、それほど日が経ってないんだろう? だったら、俺に案内させてくれよ? どこでも好きな場所に連れてってやるぜ」
「ホント? じゃあ、教会……、そこに私達を連れてって」
『……ッ!?』

 静夜、陽平、司の三人の顔が一瞬にして強張った。
 教会。それは、彼等にとって悪夢の記憶を想起させる呪われた言葉だった。悪夢の惨劇が起こった場所であり、忘れがたい悲劇が終幕した舞台。
 何故、ベルナール姉妹があの場所へ行こうとしているのだろうか。血塗れの惨劇が起こった悪夢の舞台に。

「ん? どうしたの?」
「私達、クリスチャンですから、できれば教会で祈りを捧げたいと思いまして」

 静夜達の心情をよそに無垢な笑顔を向けるベルナール姉妹。
 どうやら静夜達が神経過敏になっていたようだ。静夜達にとっての教会と、ベルナール姉妹にとっての教会は全く別の意味を成している。彼女達はただ敬虔なクリスチャンとして教会に行きたいだけであって、あの惨劇の舞台に足を踏み入れたい訳ではなかった。
 しかし、それならなおさら彼女達を教会に案内する訳にはいかなかった。そして、行かせられない理由を話せば、あの惨劇に触れることは必定だった。

「……まぁ、この町には柊木教会ってのが一軒だけあるんだけど、祈れるような場所じゃないぜ」
「どういうこと?」
「あんまり面白い話じゃないぜ。まぁ、でも、そのうち知るだろうし、一番事情を知っている俺達が話す方が変な誤解がなくていいか……」

 何の事情も知らない少女達は顔を見合わせ、首を傾げた。これから話す物語がどれほど歪で醜いものかも知らず。

「……何があったんですか?」
「猟奇殺人さ。一二人の少女が教会の地下で惨殺されたんだ」
「「……ッ!?」」

 ベルナール姉妹は顔を強張らせ、息を呑んだ。
 うら若き乙女達には、少々刺激が強過ぎる話だったかもしれない。陽平は少々言い方を変えるべきだったかもしれない、と反省した。普段あまり使わない頭を回転させ、陽平はなるべくソフトな言い回しを考えた。

「あ〜、だからさぁ、あんまり気持ちのいい場所じゃないぜ。まぁ、司には悪いけどさ」
「……別に気にしなくてもいいよ、陽平。実際、僕にとっても気持ちのいい場所じゃない。それに、元々好きではなかったし、あの場所は……」
「確か、君の名前って柊木だったよね? 柊木教会ってもしかして……」
「あぁ、うん。説明が前後したな。柊木教会ってのは、こいつ、柊木司の親父が牧師を務めていた教会だったんだ」
「それで、その牧師さんが少女達を殺したの……?」

 静夜は薄い笑みを浮かべ、コップの水を一口啜った。そして、小さく口を開いた。
 途端に場は波打つように静まり返った。一同は何かを感じたのか、静夜に注目した。圧倒的な存在感とでもいうのか。ただ彼が口を開こうとした、という気配だけで誰もが厳正な雰囲気に呑まれてしまった。
 場の静寂を確認し、静夜はようやく話を始めた。

「……事の始まりは、三ヶ月前。柊木楓の事故死から始まった。
 柊木楓は、ここにいる柊木司の姉であり、惨劇を起こした柊木牧師の娘であり、そして俺の恋人でもあった。あいつには何の非もなかった。ただ、不幸な事故に巻き込まれただけだった。だが、楓の死が……、柊木牧師を狂わせた惨劇の引き金だった。
 狂った牧師は信仰を捨て、悪魔に縋った。いくら祈っても娘を返してはくれない無能で無慈悲な神に憎悪しながらな」

 静夜はわざわざクリスチャンの彼女達を挑発するような言い方した。静夜がそういう気遣いを全く気にしないという性格もあるが、彼自身の神への憎悪も含まれていた。
 柊木牧師の企みを止めたのは紛れもなく静夜だったが、彼は柊木牧師の気持ちを誰よりも理解できた。静夜も柊木牧師もあまりに突然に、大切な人を失ってしまった。そして、いくら祈っても失われた命を取り戻せない現実に打ちのめされた。

「事件そのものの始まりは一ヶ月前。静林学園一年、岸辺藍の失踪から始まった。
 この岸辺って奴は家族と疎遠な関係で家に帰らないのが常だった。誘拐された一三人は岸辺同様、あまり家に帰らずに夜遊びばかりする連中ばかりだった。柊木牧師があえてそういう連中を狙ったのか、単に捕まえやすかったのかは知らないがな。
 まぁ、そういった経緯で事件の発覚が遅れた。気付けば、行方不明者が八人になっていた。岸辺の失踪から一週間、こうなってようやく警察が動き出した」
「司は気付かなかったの? 柊木牧師は、君のお父さんだったんでしょ?」
「……僕は、父に疎まれていたから……」
「えっ……?」
「母は僕を産んで死んだ……。そして、僕は呪われた子……。疎まれて当然……。
 僕は父のように教会の方には住んでいなかった。だから、父の異常に気付くのが遅れたんだ……。静夜に相談した時にはもう手遅れだったんだ……」

 司が柊木牧師の異常に気付き、静夜に相談した時にはすでに遅かった。その時、すでに行方不明者は一一人に達していた。
 司から相談を受けた静夜は柊木牧師と話しに行ったが、その時の様子で尋常ではないものを感じた。そして、間もなく例の女子高生行方不明事件に結びついた。元々、失踪者は教会近くで消えるという噂が流れていたので、疑惑は一層強まった。
 一二人目の失踪者が出た段階で、静夜達は柊木牧師の行動を監視することを決めた。間違いならば、それで構わない。間違いであってほしいと思っての監視だった。しかし、疑惑と不安は現実のものとなった。

「司から相談を受け、俺達は柊木牧師の監視をしていた。そして、そこで見たのは柊木牧師の手による一三人目の少女の誘拐現場だった」
「そこで、静夜は俺と修司に声をかけ、柊木教会突入を決行したんだ」
「修司って、凪修司?」

 修司本人が言っていたことだが、静夜とはそれほど親しい関係ではないらしい。ただ、同じ町に住んでいるためにそれなりの面識はあったそうだ。そんな相手に対し、凶悪犯の隠れ家突入を誘うものだろうか。

「あぁ、そうだ。誘拐された一三人目の奴が、凪の女だったんだよ。名前は、興野桜。市内の公立校の二年だった」

 ベルナール姉妹は納得した。確かにそういう事情があるのなら、修司を誘わない訳にはいかないだろう。

「そう、なんだ……。じゃあ、凪は彼女を亡くしたんだ……。可哀想……」
 リーズは修司の境遇に同情し、悲しげに顔を俯けた。
「あぁ、そうだ。修司にこの事件の話は禁句だぞ。今でこそ元気になったが、彼女の死を目の当たりにした凪の姿は酷いもんだったよ……。
 ……あぁ、話が逸れたな。柊木教会突入は、興野桜誘拐から一時間後だった。時間は、ちょうど深夜二時頃。俺と修司、静夜と司で、それぞれ二人組になって教会内を捜索した。だけど、誘拐された少女達はおろか、柊木牧師の姿も見当たらなかった。不気味だったぜ、あれは……」

 少女を誘拐する狂気の牧師が潜む、深夜の教会。陽平はその時のことを思い出すだけで、全身に鳥肌が立つ。今でもあの時の恐怖と不安は消えてはいなかった。

「柊木牧師を見つけたのは、俺と司だった。
 月の光さえ届かぬその場所は、ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎で照らされていた。室内はむせ返るような血の臭いで満たされ、惨殺された一二人の少女は呪術で使うような不気味な魔法陣の上に置かれていた。そして、俺達が突入したのは最後の一人が今まさに犠牲になる瞬間だった。
 柊木牧師は漆黒のマントを血に染め、悪魔の面を被っていた。悪魔の面は、サタンかアザゼルを模した山羊面のものだった。
 柊木牧師は俺達に気付きながらも、儀式(?)を続けようとしていた。つまり、最後の少女を殺そうとした。俺はすかさず護身用(まぁ、本当は脅し用だが)に持っていたナイフを投げ付け、何とか柊木牧師の蛮行を止めた。しかし、その後が大変だった。
 相手は死神が持つような大鎌を振るい、俺達ごと最後の少女を殺そうとしやがった。こっちも死に物狂いで抵抗し、何とか生き残りの少女を逃がすことに成功した。そいつさえ逃げれば、兄貴達か警察を呼んでくれると思った。だから、それで俺達の勝ちは決定したんだ。
 自分の破滅を悟った柊木牧師は、発狂した。奇声を上げ、滅茶苦茶に暴れまわり、そして挙句の果てに心臓麻痺だ。あれが俗に言う発狂死って奴なんだろうな。何にせよ、哀れな最期だったよ。
 事件は柊木牧師の死を以って終結した。以上、何か質問はあるか?」

 事件の顛末を言い終えた静夜は小さく溜め息を吐き、コップの水を啜った。
 直接事件の最後を目撃した静夜の言葉は迫力があった。まるで、その時の光景が目に見えるようだった。陽平やベルナール姉妹は息を飲み、圧倒されていた。涼しい顔をしていたのは、実際に事件を体験した静夜や司だけだった。もっとも、彼等の場合は別の立場だったとしても、表情は変えなかっただろうが。

「……何故、柊木牧師はそんな簡単に信仰を捨てられたんでしょうか?」
「よほど呪っていたんだろう、無慈悲で無能な神を」

 静夜は吐き捨てるように言った。むしろ、神を呪っているのは彼のように思えた。

「ひ、柊木牧師は仮にも神に仕えていた身ですよ! 貴方のような不信心な人間ではありません!」
「信じていたからこそ、その裏切りが許せなかったんじゃないか?」
「神は裏切ったりしません!」
「なら、何だ? 信仰を試したとでも言うのか? そして、神を信じられなかった柊木牧師は当然の報いを、天罰を受けたとでも? どこまでも傲慢だな、貴様等の神は……」
「さっきから黙って聞いていれば、神を冒涜するようなことばかり……。いい加減にしてください! それ以上の暴言、私が許しませんよ!」

 リゼットは声を荒げ、真正面から静夜を睨み付けた。敬虔なクリスチャンである彼女にとって、再三繰り返される静夜の暴言に耐えかねたようだった。
 しかし、静夜を知る人物からすれば、リゼットの行為は命取りになるものだった。静夜は女だろうと、自分には向かってくる相手に容赦はしない。

「許さないなら何だってんだ、あァ? それとも、心の底から改心すれば神様が楓を生き返らせてくれるって言うのか? 答えろ、リゼット・ベルナール!」
「そ、それは……」

 リゼットは答えられなかった。質問そのものも簡単に答えられるものではない上、静夜の睨み殺すような目に圧倒されていた。

「神にいかほどの価値がある? 信じれば救われるって言うのか? だがな、楓を失って、俺も柊木牧師は救われなかった! いくら神に祈っても、心の充足は得られない! 奪うだけで奪って、祈りを捧げ続けろと言うのか? ふざけるな、誰がそんな傲慢な神に信仰を捧げるものか! できるのなら、この手で八つ裂きにしてやりたいくらいだ! 楓を奪った無慈悲で傲慢な神をな!」
「……ぅう……」

 リゼットは言葉を失い、瞳には薄っすらと涙を浮かべていた。
 静夜の辞書には容赦という文字が欠落しているのだろう。いや、あったとしても自分で破り捨てたのだろう。
 立ち尽くすリゼットの様子を見て、静夜は興味を失った。この程度で言葉を失うくらいならば、仮にまた何か世迷言を言ったとしても、真っ向から叩き潰せる。
 くだらない。楓を失って以来、静夜の心は満たされなかった。どこにいても、誰といても、何をしても、決して彼女の代わりとなる者は得られなかった。


『傲慢なのは、静夜でしょう! 貴方みたいなひねくれ者に神の祝福はないわよ、バ〜カ!』


「……ッ!?」

 静夜は耳を疑った。
 かつて愛した人と同じ言葉を聞いた。紛れもなく、今この瞬間に聞こえたはずだった。しかし、彼女はもうこの世にはいない。だから、それが幻聴であることは間違いなかった。
 それに気を取られてか、いつの間にかベルナール姉妹が姿を消していることに気がつかなかった。どうやら静夜に泣かされて、逃げ出してしまったらしい。

「あ〜あ……、泣かせてやんの。お前、本当に鬼畜な」
「黙れ……」

 普段なら殴り倒して踏みつけるところだったが、静夜は考え事に耽っていた。確かに、楓の同じ言葉を聞いた気がする。しかし、何故今ここにいない人物の声を聞いたのだろうか。

「……それにしても驚いたな」
「何がだ?」

 特に驚くようなことはなかった気がする。静夜は怪訝そうに尋ねた。

「ん? 何がって……? 今のだよ。楓そっくりだったな……。
 『傲慢なのは貴方でしょ! 貴方みたいなひねくれ者に神の祝福なんてありません!』だってさ。懐かしいな。お前が楓を怒らせた時、よく言われてたよな……」

 確かに、陽平の言うとおりだった。
 静夜は傲慢でひねくれた性格だ。そのため、よく楓を怒らせて喧嘩ばかりしていた。そんな時、彼女はいつも泣き顔であのセリフを言った。それも全て懐かしい思い出だったが。

「……そうだったな」

 楓の思い出は、全く色褪せずに静夜の胸の中に刻まれている。
 そういえば、こんな喧嘩した時にいつも最初に謝っていたのは、静夜だった。別に頭が上がらなかった訳ではないが、楓に対しては素直になれたのだ。もっとも、謝るといっても態度が尊大だったので、また喧嘩になることも多かったが。
 静夜にしては珍しく、罪悪感というものを覚えた。誰を傷付けても一切そんな気持ちなど湧かないというのに、その時は珍しくそんな気分になった。

「なぁ、謝ってきたらどうだ? さすがにまだ会って間もない女の子に対して、あれはないだろう? それに、席隣なんだろう? 今から雰囲気悪くしてどうするよ?」
「……ちっ、仕方ねぇ」
「おっ、静夜が素直に俺の言うこと聞くなんて珍しいことも……ぶほぉッ!!」

 陽平を殴り飛ばし、静夜は席を立った。ちなみに、陽平を殴っても罪悪感など微塵も湧かなかった。

「兄貴、片付け頼んだぞ」
「お前、人殴っておいてよくそんなこと頼めるな!」







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