第一章 終わりの始まり 3




第一章 終わりの始まり 3

作:遠野 秀一 




   3.


 凪修司はあの事件以来、一人で昼食をとっていた。
 彼が今いるのは、寂れた校舎裏のベンチ。少し陰鬱とした場所なので、あまり人は多くない。しかし、その場所はかつて興野桜と一緒に昼食をとっていた場所でもあった。
 修司は今も忘れられない。無惨に殺された桜の姿を。血溜まりの中、四肢に杭を打たれ、胸部を十字に裂かれた彼女の姿はあまりに惨かった。
 彼もまた、あの惨劇に心を縛られる哀れな犠牲者の一人だった。
 あの事件がなければ、今も彼女が隣にいたはずだった。修司は味気ない学食のパンをかじりながら、誰もいない隣の方へと目を向ける。そこにはやはり誰もいない。当然のことだ。隣にいるべき人物は、もうこの世の人ではないのだから。
 桜を失ってから、一週間はまるで抜け殻のようだった。学校にも行けず、ただベッドに横たわっていた。二週間目でようやく学校に行けるようになったが、それでも誰とも話す気力すらなかった。三週間目でようやく普通の生活に戻り、四週間目で笑顔を取り戻せた。
 今日、ベルナール姉妹が転校してきたのは、修司にとっても気持ちを切り替えるいい転機であった。特にリゼットとは気が合うような気がした。
 修司は最後のパンを頬張り、パックの麦茶で食道に押し込んだ。不味かった。あの日以来、何を食べても砂のような味がする。

「凪……」

 修司が食べ終わるのを見計らったかのようなタイミングで、その人物は現れた。
 修司の前に現れた人物は一年B組のクラスメイト、鎌足亜紗だった。鎌足神社の神主の一人娘で、あの惨劇の唯一の生き残りである少女の親友。生真面目にも学園指定の帽子を被った姿は確かに可愛いのだが、少々偏屈な性格のためにクラスメイトからは敬遠されがちであった。

「鎌足、何か……」
「苗字で呼ぶな」

 殴られた。
 どうして静夜といい、亜紗といい、こうも躊躇いもなく人を殴れるのだろうか。修司は頭を擦りながら、小さく溜め息を吐いた。

「そ、それで、何か用か?」
「幾つか唐突で意味不明な質問をさせてもらうけど、いい?」

 すでに唐突で意味不明だ。
 修司を不思議に思いながらも、頷いて話を聞く姿勢をとった。

「貴方は、霊魂の存在を信じる?」
「……はァ?」

 確かに亜紗の宣告どおり、唐突で意味不明だった。

「……まぁ、当然の反応。予想の範囲内。じゃあ、こういう言い方なら、どう?
 興野桜の魂が今どんな状況にあるか、興味ない?」
「桜の魂!?」

 修司は目を見開き、亜紗を睨み付けた。
 この少女は何を考えているのだろうか。いきなり死んだ恋人の魂がどんな状況にあるか、などと言い出して。修司は目の前にいる少女の考えが全くわからなかった。
 そんな修司の心情を知ってか知らずか、亜紗は構わず話を続けた。

「興野桜の魂が……、ううん、彼女だけじゃない。あの日、あの場所で殺された一二人の少女の魂が全員、行方不明なの」
「魂が、行方不明……?」

 魂が行方不明、とはどういう状況なのだろうか。今ひとつ意味がわからなかったが、あまりよくない状況であることは感じ取れた。だからこそ、気になった。
 桜の魂。そして、他一一人の少女の魂が行方不明。それは、どんな意味を持つことなのか。

「鎌足、悪いんだけど、もう少しわかり……」
「名前!」
「……あ、亜紗、もう少しわかりやすく説明してくれ。その、魂が行方不明ってどういう状態なんだ?」

 亜紗は本当に苗字で呼ばれることが嫌らしい。女の子らしくない厳つい苗字だからだろうか。それとも、昔に歴史上の偉人と同じ苗字でからかわれたことがあるから、嫌いなのだろうか。

「……この話、信じるつもり?」
「冗談なのかよ!」

 だとしたら、笑えない冗談だ。よりにもよって、桜のことをネタにするとは。
 修司は苛立った目で亜紗を睨み付けた。しかし、亜紗は首を横に振り、真剣な目で修司の視線を受け止めた。その態度で今までの話が冗談ではないことがわかった。

「……正直、信じてもらえないと思っていた。唐突で意味不明な話だし」
「……正直、信じてるかと言われると、はっきり答えられないんだけど、桜が関っているなら無視もできないだろ」
「幸せ者ね、興野桜も……。でも、あんまり想いが強過ぎると成仏できないから、いずれ忘れてあげなさい」

 桜を忘れろ、という言葉に修司は若干の不快感を覚えた。
 修司は一生忘れるつもりはないし、忘れることもできないだろう。そして、これからもずっと想い続ける。それが無惨に殺された桜にできる唯一のことだろう。

「……人の魂はね、どんな死に方をしたにしろ、しばらくは現世に留まるものなの。まぁ、現世に留まる度合いはその人の死に方によるけどね。今回のように、予期せぬ事態で殺されたケースの場合は、すぐに成仏できない。ここまではわかる?」
「まぁ、何となくそんなイメージはするな。怨霊とか、地縛霊とかは、そんな死に方でなるんだろう?」
「まぁ、その手の類は『生』や『念』に対する執着によるものだから、一概にそうとは言い切れないんだけど……。大体そんな感じよ。
 それで、あんな無惨な殺され方をした子達がそう簡単に成仏できると思う?」
「…………思わない、な……」

 きっと桜は、殺された少女達は、さぞ無念だったろう。死にたくない、と心底願っただろう。どうして自分達が殺されなれならないのか、と運命を呪ったかもしれない。
 そんな想いを桜がしたかと思うと、胸を締め付けられる想いだった。あともう少し早く柊木牧師を見つけられたら、桜を助けられたかもしれないのに。実際に、一人の少女は助かっている。悪いとは思いつつも、どうしてその助かった少女が桜でなかったのだろう、と考えずにはいられなかった。

「私達は……」

 『達』ということは複数なのだろうか。修司は一瞬疑問に思ったが、亜紗の話には口を挟まなかった。

「彼女達の霊を成仏させるためにあの場所に向かった。でも、そこには何もなかった」
「何もなかった?」
「言葉どおり。彼女達の魂は跡形もなく消えていたのよ」

 魂が跡形もなく消えていた。
 それでは、桜の魂はどうなったのだろうか。彼女は死してもまだ、安息を得られないというのか。

「これが何を意味するのはまだわからない。でも、ろくでもない何かが潜んでいる。柊木牧師が死は、惨劇の終わりを意味するものじゃない。あれは使えなくなった道具を切り捨てただけ。真の悪意は、まだ何かを企んでいる。
 ……惨劇はまだ終わっていない。あの事件はまだ始まりにしか過ぎない」

 修司の拳がベンチを打った。彼の中で怒りが煮えたぎっている。
 あんな悪夢のような惨劇がまだ終わっていない。そして、桜を殺した真の悪意は、まだどこかで嘲笑っている。そんなことが許されていいはずがない。

「……魂を捜索には、その魂と強い『縁』を持つ者の存在が必要なの。そして、私達の存在を口外しないと信用できる人物の協力が」
「……それで、俺に協力してほしいってのか? 桜や殺された少女達の魂を探すために? そして、あの事件を起こした悪意を見つけるために?」
「最後の一つは余計ね」

 しれっと吐き捨てる亜紗。修司は少しだけ傷付いた。

「とりあえず……。ぁっ……!? 凪、こっちに来て!」

 亜紗は突然、修司の手を引っ張って茂みに飛び込んだ。まるで何かから逃げるかのような行動に修司は戸惑った。

「えっ? お、おい、鎌足……」
「苗字で呼ぶな。あと、黙れ」

 二人が茂みに隠れてからしばらくして、何者かが裏庭に訪れた。人数は二人。静林学園一年の制服を着た金髪碧眼の少女達。ベルナール姉妹だった。

「……なぁ、何で隠れる必要が……」
「……黙って。できれば、貴方の存在は隠しておきたいの」
「は、はァ……?」

 存在を隠しておきたい、と言っても修司はすでにベルナール姉妹とは知り合いだった。今更隠れる意味が全くわからなかった。
 しかし、今から姿を現したところでベルナール姉妹に不審がられるだけでなく、亜紗の反感を買ってしまう。大人しく隠れていることしかできなかった。


* * *


「リゼット、あんなことで泣かなくてもいいでしょ?」
「だ、だって……」

 拗ねた子供のような態度でむくれるリゼット。それをリーズが呆れながらなだめていた。
 イメージ的にはリゼットの方がしっかりしていて、リーズがお転婆そうに見える。確かに普段はそのとおりであるが、時たまその立場が逆転することもあった。
 リゼットは敬虔なクリスチャンだが、まだ年若き乙女である。先程の静夜のように、悪意と敵意塗れの言葉に耐性などあるはずがなかった。仮にあったとしても相手が悪過ぎた。

「まぁ、でも、おかげで助かったわね。あいつが勝手にベラベラといろいろ詮索せずに済んだじゃん。正直、どうやって聞き出そうかと思ってたしね」
「そうだね。あの事件の中心人物達からあそこまで詳しい話を聞けたのは収穫だったわね。
 あの柊木教会で起こった悲劇のことを……」


* * *



 茂みの中で息を潜めながら、修司は驚きに目を見開かせていた。
 まさか、今日転校してきたばかりのベルナール姉妹があの事件を知っていたことにも驚いたが、それ以上に彼女達が事件を追っていることに驚いた。
 何故、という疑問がまず浮かんだが、いくら考えても無駄だと思った。そもそも、修司はベルナール姉妹のことをほとんど何も知らないのだから。

「……なぁ、鎌た……じゃなかった、亜紗……」

 物凄い目で睨まれ、修司は慌てて言い直した。

「何でリーズとリゼットが……」
「貴方が言わんとすることはわかるわ。何故、二人が事件を知っているのか。何故、事件を追っているのか。理由は簡単よ。ベルナール姉妹は始めから、この事件を調査するために派遣された存在なのだから」
「ど、どういうことだよ?」

 それくらい自分で察しろ、と言わんとばかりに亜紗は溜め息を吐いた。そして、億劫そうに説明を始めた。

「事件を調査するために派遣された、ということはつまり、彼女達の背後には何らかの組織が存在していることよ。ちなみに、どうして組織立った調査が必要なのかは割愛するわ。説明は求めないで。面倒だし。……まぁ、知るだけで殺されることってあるから」

 最後にぼそりと怖いことを呟く亜紗。おそらく最後のぼそりが、彼女が真実を語らぬ本当の理由だったのだろう。
 何故、という疑問が当然の如く浮かんだが、修司はそれを知ることは賢明ではないと悟った。だから、それ以上の詮索はしなかった。

「一応、彼女達とは紳士協定を結んでいるからある程度の情報交換はしているんだけど、できれば貴方の存在は隠しておきたいの」
「どうして?」

 何でも聞くな、と言わんばかりに亜紗は溜め息を吐いた。しかし、亜紗は仕方なく彼の疑問に答えた。

「私達の組織と彼女達の組織は本来、あまり友好的な関係ではないからよ。まぁ、敵対組織というほど険悪でもないけどね。まぁ、そんな間柄だからこそ、あまりカードをオープンにしたくないのよ」
「……なんか俺、実は凄いことに巻き込まれてねぇか?」

 修司の脳裏に、派手なドンパチをしている抗争をしているシーンが浮かんだ。ちなみに、その脳裏のイメージの大半は仁侠映画を元にしたような陳腐なものだった。

「安心して。別に命の危険がある訳じゃないから。まぁ、私達のことを口外しない限り、命の保障はするわ」

 それはそれで面白くないな、と思いつつも修司は黙って頷いた。
 それに、このことを口外しない限り命の保障をされているということは、逆に言えば口外すれば命の保障はしないということ。つまり、殺されるということだろう。それは充分スリリングだった。


* * *



 ベルナール姉妹は周囲に人がいないことを確認し、ベンチに腰掛けた。
 彼女達の表情はかなり剣呑な雰囲気だった。どう考えても面白おかしい話をするようには見えなかった。何度か周囲を検め、二人は話し始めた。

「それで、ベニーニ枢機卿のことだけど、どうするの?」
「う〜ん、どうするって言ってもね……」

 リーズの問いに、リゼットは思案しながら首を傾げた。

「私達の一存では決められないでしょう。あの方は組織への貢献が大きいですし、社会的にも地位のある方だし。今、向こうじゃ意見が真っ二つになっていて、ごたごたしているみたいよ」
「元々、あの人が仕出かした不始末でしょ。自分で責任とってほしいなぁ」

 不満をぼやいて口を尖らすリーズ。よほどベニーニ枢機卿の起こした問題を厄介に思っているようだった。もっとも、リゼットも内心不満には思っていたが、それを口にしていないだけだった。

「それはそうだけど、あぁなっちゃったら仕方ないじゃない。それに、悪いのはあの方じゃないわ。あの方を謀ったヤツが悪いのよ」

 彼女達はどうやらベニーニ枢機卿の所存を巡って話し合っているようだった。そして、内容はあまり穏やかな方向には向かっていないようだった。
 リゼットの意見を聞きながらも、リーズはやはりこう言い放った。その声には冷酷な響きがあった。

「どちらにしても、ベニーニ枢機卿の責任は重いね。その命を以って償ってもらわないと……」


* * *



 命を以って償ってもらう。
 リーズは確かにそう言った。その声に一片の迷いもなく、また冗談の響きなど一切なかった。まさに言葉どおりの意味。彼女はいとも容易く命を代価にしろ、と言った。
 だからこそ、修司は背筋が凍った。

「……なぁ、ベニーニって何者なんだ?」

 ベニーニ枢機卿とは何者だろうか。知らないはずの人物なのに、何故か聞き覚えのある名だった。
 不思議な違和感。外国人の知り合いなどベルナール姉妹しか知らないはずなのに、何故ベニーニという名にこれほど引っ掛かりを感じるのだろうか。

「ん……、あぁ、そっか。さすがに覚えてないか。っていうか、知らないか……」

 妙な納得をして頷く亜紗。その様子は、知っていても不思議ではないが、知らなくても無理はない、といった感じだった。

「本名はヴァーレリオ・ベニーニ。イタリアの枢機卿で、今は……」


* * *


 小さな物音に反応し、リーズは立ち上がって周囲を見渡した。
 彼女はかなり高度な修練を積んだ手練れだった。万一のことがあれば、余計な人間を排除することも厭わない。見た目からは全く想像はできないことだったが、彼女はそういう人間だった。そういう人間にさせられていた。
 リーズが振り向いた先、そこには静夜がいた。遅れてリゼットも振り向き、ぎょっとした。

「よう、捜したぞ」

 先ほどのことがあった手前、ベルナール姉妹は罰が悪かった。どちらが悪いかといえば、間違いなく静夜が悪い。しかし、その諸悪の根源は平然とした様子で居心地の悪さなど微塵も感じていないようだった。

「何か用ですか?」

 少しトゲのある言葉を吐くリゼット。彼女がこういう言い方をするのは珍しく、リーズは内心少し苦笑した。

「謝りに来たんだよ。悪かった。あの事件のことで苛立ってたんだ。許せ」

 態度があまりに偉そうだったので、とても謝りに来たようには見えなかった。
 リーズは胡散臭そうに静夜を睨んだが、人のいいリゼットはそれで少し気を許したようだった。しかし、まだ完全に静夜を許したようではなかった。

「別に謝ってくださるのなら、構いませんよ。貴方も辛いことがあったんですから。でも、二度と神を侮辱するような発言はしないでください」
「あぁ、言わないよ(あんたの前ではな)」

 リーズは彼の言葉に何か含みがあるような気がしたが、リゼットは素直に受け止めたらしい。
 ベルナール姉妹の反応はそれぞれ違うものの、二人は緊張を緩めた。しかし、次の瞬間に彼女達の緊張は再び張り詰められた。

「あぁ、それと聞きたいんだが。何故、お前等はあの事件を追っているんだ?」


* * *


 亜紗は驚きで声を上げそうになった。
 何故静夜がそんなことを知っているのか。彼は亜紗達の組織とも、ベルナール姉妹の組織とも関わりのない一般人だ。確かにあの事件にもっとも深く関った人物ではあるが、ベルナール姉妹が事件を追っていることを知っているはずがなかった。
 ベルナール姉妹も静夜の言葉に驚きを隠せないようだった。警戒心が高まり、リーズにいたっては懐に潜めている物に手をかけていた。
 亜紗も万一の場合を考え、緊張して事態の推移を見守った。


* * *


「どうして、あんたが……」
「お前はその余計なことを口走る癖を止めた方がいいぞ」

 静夜の指摘に慌てて口を噤むリーズ。
 張り詰められた緊張感の中、ただ一人静夜だけは余裕を振舞っていた。

「今のは少し鎌をかけただけだったんだが、その反応を見る限り本当のことらしいな」

 二人は、やられた、という内心舌打ちしながら顔をしかめた。

「お前等は俺から話を聞く前から事件のことを知っていたんだろ? たとえば、柊木教会で事件があったとしか言っていないのに、柊木牧師が犯人と知っていた。殺された十三人のうち一人は助かったと言っていたにもかかわらず、興野桜の死を断定した。まぁ、それだけではお前等が事件のことを知っていたという証拠にはならないが、今の鎌で充分な確信を得たよ。
 何故、あの事件を追う? やはり、終わっていないのか、あの惨劇は?」
「やはり? どうしてあの事件が終わってないって……」
「リーズ! また余計なことを!」

 またも失言してしまったリーズは罰が悪そうに俯いた。
 これ以上リーズに喋らせておくと、また余計なことを言ってしまいかねないので、リゼットが前に出た。彼女の顔には先程までの温かな笑みは消え、冷たく強張った表情が浮かんでいた。

「そう、怖い顔をするな。別にお前等のことを詮索するつもりはない」
「なら、どういうつもりでしょうか?」

 静夜は薄い笑みを浮かべた。

「俺はただ知りたいのさ。三ヶ月前の事故、それに今回の事件。これらが無関係だとはとても思えない。何故、楓が死ななければならなかったのか。何故、柊木牧師が狂わなければならなかったのか。その真実が知りたい」
「それを知る代償が命であってでも、ですか?」
「楓のいない世界に何の未練もない」

 それこそ静夜の本心だった。
 真実など、本当はどうでもいい。楓を失い、生きる意味を失った静夜には何か道標が必要だった。それが事件の真実であったというだけ。

「……それに、感じるんだ。この惨劇はまだ続く。そして、その惨劇には必ず俺が巻き込まれるだろうな」
「何の根拠があって、そんなことを……?」
「根拠なんてないさ」

 あるのは予感だけだった。
 まだ惨劇は続く。そして、その中心には必ず自分がいる。根拠など何一つなかったが、それは確信めいた予感だった。
 言葉そのものには何の説得力もなかった。しかし、自信に満ちた静夜の態度がその言葉を確固としたものとしていた。

「……惨劇は、俺を呼んでいる」

 一陣の風が吹いた。
 それはまるで死を呼ぶ不吉な風。
 古来より、風は災厄を招くものとして忌み嫌われていた。風とは本来不吉の象徴であり、災いの根源であった。病魔をばら撒き、不幸を撒き散らす呪われた存在。
 静夜の異様なプレッシャーにベルナール姉妹は何も言葉を返せなかった。言葉そのものにはやはり説得力はない。しかし、静夜の存在がその無価値な言葉に力を持たせていた。
 リゼットが意を決し、口を開こうとしたその時、何者かが騒々しい音を立てて駆け寄ってきた。

「せ、静夜!」

 陽平だった。かなり慌てた様子であった。
 何かがあったのだろうか、と静夜達が勘繰る前に陽平が口を開いた。

「……ヴァーレリオ・ベニーニが殺された……」

 それは、新たな惨劇の幕開け。
 誰もが言葉を失い、その意外な人物の死に驚愕した。
 しかし、それはある意味運命的であった。静夜にとって、ベルナール姉妹にとって、その死は惨劇へと導く招待状だった。

「しかも、あの時と同じだ……。あの柊木教会の事件と同じなんだ……。同じ、殺され方をされていた。四肢に杭を打たれ、胸部を十字に裂かれていた……」

 あの惨劇で犠牲となった少女達と同じ殺され方。
 この殺人があの惨劇と無関係なはずがない。あのような特殊な殺し方をわざわざ選ぶとは、何かの悪意を感じる。あの惨劇を引き起こした悪意はまだ何かを企み、更なる惨劇の幕を開けた。
 これは逃れられない運命。静夜にとってこの事件もまた、無関係ではいられない。何故なら、あのベニーニ枢機卿が殺されたのだから。
 柊木楓を轢き殺した男、それがヴァーレリオ・ベニーニ枢機卿。その時の事故によって彼自身も植物状態に陥っていた。もはや死人同然の身だというのに、一体誰が彼を殺すというのだろうか。

「くくく……、あっはははははははははははははははははははははははははははッ!!」

 風が吹き荒れた。
 惨劇を呼ぶ不吉な風が、静夜を中心にして廻る。まるで、悪意に満ち満ちた静夜の哄笑が災厄な風を招いているようだった。
 風が彼を呼ぶのか、彼が風を呼ぶのか。それはわからないが、ただ一つだけ確実に言えることがある。

「……惨劇は、俺を呼んでいる」







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