第二章 災禍の予感 2




第二章 災禍の予感 2

作:遠野 秀一 




  2.


 昨日の深夜。
 ベニーニ枢機卿が殺された当日の深夜。
 静夜はようやく事情聴取から解放され、家で休んでいた。静夜を含め、あの一ヶ月前の事件の関係者は全て、警察に呼び出された。もっとも、拘束時間が一番長かったのは言うまでもなく、静夜だった。
 今のところ静夜が最有力容疑者であることは間違いない。
 しかし、ベニーニ枢機卿殺害時刻には完璧なアリバイがある。もし、ベニーニ枢機卿が死の直後に発見されたのでなければ、たとえば死後数時間という状況であったのなら、死亡推定時刻をずらして無理矢理にでも静夜を犯人に仕立て上げられる。今回のように社会的地位のある者が殺された場合、もしくは社会を賑わすような事件の場合、一刻も早く犯人を捕まえることが求められる。また、下手な捜査もできない。
 わざわざ説明するまでもなく、恐ろしく厄介な事件なのだ。早期解決が求められるというのに、一番不審な容疑者を逮捕できない。
 今はまだ鉄壁のアリバイがあるため、静夜を捕らえることはできない。しかし、いずれ事実を捻じ曲げられてでも、警察は静夜を逮捕しに来るかもしれない。時に真実よりも、事件の終結を求められる場合がある。
 状況が最悪だということは、誰もが理解していた。だからこそ、現在こういう状況になっていた。

「……で、確認するけど、本当に貴方が殺ったんじゃないの、静夜?」

 リーズが疑り深そうな視線を送りながら、静夜に言った。
 現在、風間邸には風間兄弟と、柊木司、それとベルナール姉妹の五人が揃っていた。今回の事件について話し合うためだ。もっとも、それでは司はともかく、ベルナール姉妹がここにいる理由にはなっていないが。特に風間兄弟は異論を挟まなかった。

「あぁ、残念ながら違う。大体、意識のない奴を殺すなんて面倒はしないさ。意識がないのなら、死んでるも同然だ。わざわざ殺すまでもない。
 もし……、俺があの野郎を殺すとしたら、意識がある時だ。楓を殺した罪をその身に刻み、生まれてきたことを後悔させてやる」

 凶悪だ。あからさまに凶悪で、しかも性質が悪い。
 しかし、だからこそ彼が犯人ではありえないという確証を得た、気がする。もちろん断言はできないが、それでも静夜がベニーニ枢機卿を殺した可能性は低い。それに、彼には鉄壁のアリバイがあり、この場にいる全員がそれを証明できる。
 ただ、彼の凶悪さは恐ろしい。リーズはリゼットの背に隠れて、少し脅えた。

「あんた、悪魔みたいな奴ね」
「馬鹿を言うな。正真正銘の悪魔さ」

 ただの冗談だろうが、静夜が言うとやたら真実味を帯びた。

「つーか、静夜のアリバイなら俺等が証明できるだろう。それに、あいつを殺す動機だったら、俺や司にだってあるだろう?」

 陽平と司にとっても楓は大切な人であり、それを奪ったベニーニ枢機卿に対して底知れぬ憎悪を抱いていた。
 陽平にとって、楓は幼馴染であり、小中高とずっと同じ学び舎で過ごしてきた親友だった。長年、クラスメイトとして、悪友として一緒に過ごしてきたため、愛情というよりも友情の方が強かった。
 それに、司にとっても、楓は大切な姉だった。父親から蔑まれた彼にとって、姉は唯一無二の家族。司は姉に依存しているといっても過言ではないほど、姉に甘えていた。今はその依存の対象が静夜となっているが、姉を奪ったベニーニ枢機卿に対して憎悪は静夜以上に底知れない。

「確かにそうですね。でも、それは普通の人間なら、という前提の話です。静夜君と、司君に対しては、それは該当しないでしょう」
「は、はァ?」

 リゼットの言葉に驚いたのは、陽平だけだった。指名された二人はいたって平然としていた。

「、か……。厄介な連中……」

 司が珍しく自発的に言葉を発した。
 場に軽い緊張が走った。静夜は目に見えて殺気立ち、リーズも手を後ろに回して必殺の機会を探っているようだった。リゼットと司はまだそれほどの態度を見せていないが、とても友好的な雰囲気ではなかった。陽平だけが訳もわからず、頭の上に疑問符を浮かべていた。
 沈黙が重かった。柱時計の針の音がやたら耳につく。
 風間邸は郊外にある小さな洋館だった。規模そのものは一般的な一軒家と大差はないが、内装は美しく、さまざまな調度品が揃っていた。そうした調度品の中でも、居間で座する柱時計は百年の時を過ごした長老だった。
 長老たる柱時計は、いかな時でも平等に刻み続けた。場が凍りつくような雰囲気の中でもあっても、それは変わらなかった。
 そんな緊張状態の中、最初に口を開いたのは静夜だった。

「さっきも言ったとおり、俺達はベニーニなど殺していない。だが、それでもお前等には俺達を殺す理由があるな? で、どうする? 俺達を殺すか、教会の走狗共?」

 静夜は不敵な笑みを浮かべ、ベルナール姉妹を睨み付けた。
 もっとも簡単には殺されてやらないがな、とか、返り討ちにしてやるがな、とかが続きそうだった。相手がどのような存在かを知りつつも、彼は余裕のある態度だった。

「安心してください。今の教会は、無闇にを殺し回るようなことはしていません」

 リゼットはまるで裁判官が判決を下すように厳粛に言い放った。
 しかし、その言葉には含みがあった。無闇に殺し回るような真似はしていない、と言ったが、殺さないといっている訳ではない。

「ふん、よく言う。だったら、その猟犬の牙を引っ込めてたらどうだ?」
「ふふん、そのセリフはそっくりそのままお返しするよ! 大体、あんたみたいなのに無防備な姿さらしたら何されるかわかったもんじゃない!」

 好戦的な視線が交差した。
 静夜もリーズも臨戦態勢ではあったが、今のところ戦う意思はなかった。向こうが仕掛けてこない限りは、話し合いを続ける。しかし、早く仕掛けてこい、という願望をひそかに抱いていた。

「お、おい、静夜! 何の話をしてんだ!? リーズも! 物騒な冗談は止めろよ!」
「兄貴、俺が物騒なことで冗談を言ったことがあったか?」
「そ、それは、ねぇけど……。だったら、一体何なんだよ、今の話は?」
「……言ってもいいか?」
「「…………」」

 静夜はベルナール姉妹に尋ねた。が、彼女達の返事を待たずに静夜は続けていた。

「こいつ等は、教会の回し者だよ。教会といっても、柊木教会やそこらへんにあるような一般的な教会なんかじゃない。古来よりキリスト教を支配してきた権威の頂点。キリスト教の総本山、ヴァチカンの刺客だ。こいつ等は虚飾と傲慢で積み上げられたヴァチカンの暗部そのもの。悪魔を駆逐する猟犬だよ」
「…………はァ?」

 何を寝ぼけたことを言っているんだ、と陽平の顔に書かれていた。
 当然といえば、当然の反応だった。普通、こんな話をして信じる者などいない。つまらない漫画かゲームの設定のようなものを現実で信じるはずがない。
 しかし、腹立たしいか否かは別問題である。静夜は容赦なく陽平の顔面を蹴り飛ばした。

「黙って信じろ。殺すぞ、阿呆」
「お前が一番理不尽で理解不能だな、おい!」

 陽平は蹴られた鼻を擦り、不満そうに静夜を睨んだ。

「信じられないのはわかるが、信じろ」
「……わかったよ。とりあえず信じるさ。お前がつまらない冗談を言う訳ないからな」

 割とあっさりと信じると言う陽平。
 普段は仲が悪そうに見えるが、二人には確かな信頼関係があるようだった。

「それにしても、悪魔を駆逐するって……、お前、悪魔だったのか?」

 静夜は薄い笑みを浮かべ、陽平を馬鹿にした。
 静夜が悪魔。確かに有り得そうな話だ。実際有り得ないと思いつつも、否定しきれないので聞いてみた。結果、司に呪詛を送るような目で睨まれた。

「……静夜は悪魔じゃないし、僕も違う。でも、僕は確かに悪魔に近い呪われた存在……」

 司は眼帯で隠された片目を押さえ、臓腑から吐き出すように呟いた。
 その言葉は、呪い。彼にとって、父から見捨てられた要因であり、母を殺した力。忌むべき最悪の異能だった。

「……陽平、僕が父から疎まれた理由を知っているだろう?」
「え、えっと、確か、お前を生んだことが原因で、柊木のおばさんは亡くなったんだろう?」

 少なくとも、陽平はそう聞いていた。その理由を疑ったことはなかった。
 しかし、現実は違った。もっと残酷で無惨なものが真実であり、現実であった。

「違う。僕の生まれもった呪いが、母を殺した。だから、父は僕を恨んでいる……」
「な、何だってッ!?」

 その言葉に驚いたのは、陽平だけだった。
 それを口にした本人は無感情な顔のまま。静夜は何も言わず、陽平やベルナール姉妹の様子を伺っていた。ベルナール姉妹は若干顔をしかめつつも、全く驚いた様子はなかった。

「……話には聞いていたけど、本当にいるんですね。『邪眼使い』……」
「『邪眼』……? な、何だよ、それは?」
「魔眼の一種だ。魔眼というのは、目を媒体とした魔術の一種で……いや、面倒だが、始めから説明した方がいいな。そうだな。まず、魔術について説明した方がいいか」

 静夜はそう言うと、席を立った。
 一瞬、ベルナール姉妹、特にリーズの方が警戒の反応を見せた。しかし、静夜に敵意がないのを感じ、結局動かなかった。
 未だに事情も状況も何一つわからぬ陽平は呆然としていた。ベルナール姉妹も事の経緯を見守っていて、意見を挟むつもりはないようだった。
 ボーン、と柱時計が大きな音と立てて時を告げた。鐘の数は、一二。一日が終わり、新たな一日の始まり。しかし、一日の始まりが何故、このような不気味さを醸し出すのだろうか。










 ちょうど鐘が鳴り終える頃、静夜が小さな包みを持って戻ってきた。静夜はそれをテーブルの上に置き、静夜は席に戻った。

「……さて、兄貴。さっきからの話、どこまで信じてる?」
「まぁ、一応は全部信じてるよ。だけど、完全には信じられていない」
「あぁ、わかっているさ。だから、始めから説明してやるんだよ。面倒だがな」

 最後の一言に、陽平は言い知れぬプレッシャーを感じた。あとで何を要求されるか非常に不安だった。

「……まず、魔術についての説明をしようか」

 静夜は薄い笑みを浮かべ、口を開いた。

「実際に目に見えるものを見せられればいいんだが、俺はその手の魔術は不得手だ。司の邪眼を見せられれば楽だが、実験台がいない(まぁ、いないでもないが、片付けが面倒だ)。理解に苦しむだろうが、口だけの説明で我慢しろ。
 ……そもそも魔術とは、いろいろと分類や呼称はあるが、大まかに言えば自然的なエネルギーを利用し、人間の限界を超えた能力、現象を行使する術だ。ここで定義した自然的なエネルギーは、外的なエネルギーに加え、人間のうちにある内在的なエネルギーも含まれる。この自然的エネルギーはそれこそさまざまな性質を持つ上、地方によっても違う呼称で呼ばれる。曖昧で漠然としたエネルギーだ。単純に、気、と呼ばれることもあれば、霊気、魔力など。一般的に自然エネルギーは、『マナ』と呼ばれることが多いか? とりあえず、ここでは統一して自然エネルギーをマナと呼称する」
「……すまん、静夜。俺の脳みその処理速度が追いつかん。もっと簡潔に、わかりやすく説明してくれ……」

 殴られることを覚悟しつつ、陽平はそう切り出した。
 静夜は面倒くさそうに溜め息を吐いて、もっと簡潔な言い回しを思案した。しかし、彼がそれを口にするより早く、リーズが説明をしてくれた。

「……つまり、自然界にはね、目に見えないエネルギーが存在するの。これを通称、『マナ』と呼ぶの。そして、それを使って人間の限界を超えた能力、現象を起こすのが、魔術。わかる、陽平?」
「あ〜、何となく、な」

 半信半疑な顔。言葉だけではあまり説得力はないのだろう。
 言葉だけでは信憑性はない。それは理解しているが、今はそれしか説明しようがなかった。

「たとえば、何もない空間から炎を出したり、氷を出したり、そんな普通じゃない現象を起こせるのが魔術なの。まぁ、今時こういう魔術を使う奴はあまりいないんだけどね」
「そうなのか? 俺のイメージだと、こう、火とか氷とかバンバン出すようなイメージがあるんだけど」

 ちなみに、陽平のイメージの大部分は漫画やゲームから来ている。

「兄貴。魔術を行使するってのは、一種の肉体労働だ。未熟な術者なら、火や氷を生み出すことも苦労する。そんな苦労するくらいなら、ライターで火を起こせばいい、冷蔵庫で氷を作ればいい。魔術ってのは確かに便利だが、すでに科学で魔術の代用品を作り出せる。なら、わざわざそれを使う必要はない」
「あ〜、なるほど」

 文明が発達した現在において、魔術の代用品はいくらでも存在するだろう。空飛ぶ箒などなくても、人は飛行機で空を飛ぶことができる。
 たとえば、長距離を移動する時に、徒歩、自転車、自動車の三つの選択肢があるとする。
 この場合、徒歩はわざわざ説明するまでもなく人間の力のみの移動。目的地が近くなら構わないだろうが、長距離を徒歩で移動するのはあまりに辛い。
 自転車は、魔術による移動。魔術という補助装置があっても、自分の力で移動するのに変わらない。距離があればあるほど大変になる。魔術も結局は自力による移動と変わらない。徒歩と違う点があるとすれば、人によっては自動車以上のスピードを出せる者もいるというくらいだ。しかし、それがどれほどの重労働かは言うまでもない。
 そして、自動車は科学で作られた魔術の代用品。文明の利器を用いることがどれほど楽なものかは、わざわざ説明するまでもないだろう。徒歩や自転車を用いて移動するより、ずっと楽で速く移動できる。
 普通ならば、自動車を選択するのが当たり前だろう。わざわざ苦労せずとも使える代用品があるなら、人はそれを使う。

「……だが、魔術っていうのは限界がない。魔術っていうのはすべからく、術者のイメージを現実に侵食させ、具現化する術。わかるか、兄貴?
 魔術っていうのは、人為的に起こせる奇跡。現実を歪め、真実を破壊し、世界を創造する禁断の法なんだ。だから、どんなに非現実的なものであろうと関係ない。術者の能力が追いつけば、あらゆる奇跡を起こせる」

 無限の可能性を秘めた大奇跡。
 それこそが、魔術。限界があるとすれば、それは術者の限界。術者がその奇跡を信じられなければ、魔術は成立しない。
 人間に限界がある以上、魔術に限界があると言っても間違いではない。
 しかし、それでも可能性があるのだ。人間の力によって、世界そのものを変革させてしまう大奇跡を起こす可能性が。
 だからこそ、教会は魔術を許さない。
 奇跡を起こしていいのは、神だけなのだから。人間の身で、神の領域に踏み込むことは許されない。

「だからこそ、人は魔術の可能性に挑むんだよ。……そう、死者蘇生の大奇跡なんかに」
「ッ!? お、おい、それってまさか……」
「そのまさかだ。柊木牧師は、魔術によって楓を生き返らせようとしたんだ」

 そう言うと、静夜はテーブルの上に置かれた包みを開けた。
 包みから現れたのは、一冊の本。しかし、それが真っ当なものでないことは陽平でも理解できた。本そのものから不気味な何かが発せられていた。人が触れてはいけない何か。おそらくこれが魔力というものなのだろう、と陽平は理解した。
 ベルナール姉妹も、その魔本の登場に驚いていた。包みが解かれるまで、それの存在には気付かなかった。

「お、おい、静夜? 何だ、これ? まともなものじゃないってのは一目でわかるんだが、これは……」
「いわゆる魔道書というものだ。魔道書にも大きく分けて二種類あってな、一つは魔術の方式や性質について書かれただけの学問書。もう一つは、本そのものが魔術によって組み上げられた魔術そのものの書。
 この『紡命の書』は後者だ。その名のとおり、命を紡ぐ魔術、蘇生魔術について書かれた魔道書だ。まぁ、柊木牧師は失敗したようだがな」

 陽平は息を呑んだ。
 しかし、陽平は蘇生魔術がどれほどの存在かは理解していなかった。
 蘇生魔術とは、常人では届かない最上級の大魔術。神の領域に踏み込む大禁忌。歴史上、この魔術を成功させた人物はほとんどいない。教会にとって、決して見逃せない絶対悪。
 だからこそ、ベルナール姉妹の驚愕は陽平以上だった。

「……『紡命の書』。生命、霊魂に干渉する大魔術……ということは、第一等級危険指定……。これは写本のようですが、それでもこれはオリジナルに近いレベルです。まさか、日本に来てすぐにこんなものにお目にかかれるなんて……」
「これは柊木教会の地下で見つけた物だ。さすがにこんな物騒な物を警察に渡す訳にはいかなかったんで回収したが、正直扱いあぐねていた。
 ベルナール姉妹、お前等の仕事はこういうものの回収も含まれているんだろう?」
「……あんたが善意でこんなものを渡してくれるとは思えないんだけど?」

 素直に静夜を信じられないのか、訝しげに静夜を睨みつけるリーズ。
 当然のことだが、静夜にも企みがあるからこそ『紡命の書』を持ち出してきた。もちろん、交渉の道具として。彼が無償で人のためになることをするはずがない。

「当たり前だ。もちろん、タダではないさ。それなりの代価は払ってもらう。
 要求はただ一つ、最初にお前等に持ちかけた話だ。このベニーニの事件も含め、この惨劇の真実を知りたい。何者かは知らないが、この事件は一つの意志を持った何者かが起こしたものだ。だったら、そいつに教えてやらないといけない。この俺に喧嘩を売った意味を。俺の身内に手を出しやがった報いを味わわせてやらねば、気が済まない」
「……なるほど。話はわかりました。確かに、貴方と手を組むのは悪い手ではないでしょう。本来、教会の者が魔術師や異能力者と協力するのはご法度でしょうが、私達なら貴方達と手を組んでも罰せられることはありません。
 何故なら、私達も貴方達に近い存在、教会にとって異端とされる者なのですから」

 リゼットは静夜と司を見据え、そう言い放った。
 教会に属していながら、教会にとって異端とされる存在。それがどういう意味を持つか、静夜は一瞬で悟った。
 目には目を、歯には歯を。そして、異端には異端を。つまり、彼女達は、異端者を殺すための異端者。教会に与した悪魔殺しの悪魔。

「……今更ですが、名乗っておきましょう。
 異端審問会所属・クルキアレ殲滅部隊、リゼット・ベルナール。クルキアレ殲滅部隊とはその名のとおり、異端者を皆殺しにするための殺戮集団です。悪魔を殺すために編成された悪魔の部隊。毒を以って毒を制すための猛毒に過ぎません。
 一昔前でしたら問答無用で貴方達を殺していたのですが、今はある組織との休戦条約があるので、手を出せません。私達が殺せるのは、その組織にとっても排除対象となっている悪魔や魔術師のみ。ですので、貴方達には手を出しませんから安心してください。
 私の階級は軍曹。そして、リーズは准尉。階級ではリーズが上です。この交渉の実質的交渉権は、彼女にありますが……」

 リゼットはそう言い、リーズに視線を送った。しかし、リゼットは彼女の答えをすでに知っていた。

「いい。こういう交渉事はリゼットに任せるよ。……ボクの仕事は、ただ殺すことだけ」

 この役割分担は、この世に生を受けた時から決まっていたことだった。
 血に塗れるのは、リーズの役割だった。生まれ持った血の因果がリーズ・ベルナールに刻まれている。それは司の呪いに似たものだった。

「そうですか。では……」
「交渉成立、と考えていいんだな?」

 薄い笑みを浮かべ、静夜はリゼットを見つめた。
 リゼットは頷き、肯定の意を表した。そして、彼女は紡命の書を手に取り、リーズに渡した。

「えぇ。ですが、その条件として紡命の書を徴収させていただきます」
「あぁ、構わない。だ死者蘇生ってのは、ほとんど生命創造に近い。それに書かれている魔術が成功したとしても、楓と同じ姿の肉人形できるだけだ。それでは何の意味もない。おれが取り戻したいのは、楓の笑顔だけだ。それ以外、何もいらない。
 ……それに、現実的に死者蘇生なんて魔術を成功させるって言うなら、十人程度の生贄では足りない」
「そうですね。死者蘇生、そんな奇跡染みた大魔術を成功させるというなら、この町そのものを生贄にでもしなければ成功しないでしょう。いえ、仮にそうしたところでも、それが成功する可能性なんてゼロに等しいでしょう……」
「そうだろうな。せっかく生き返ったものが化け物だったら笑えない」

 静夜はあえてそれ以上は口にしなかった。
 彼は知っている。柊木牧師の惨劇の果てを。一二人の犠牲を払って生まれたモノが、どれほど醜悪でおぞましい化け物であったかを、彼は身を以って体験していた。しかし、それをあえて、ベルナール姉妹に伝える必要はなかった。
 静夜にとって重要なのは、惨劇を起こした起因。ただ、それだけを追っている。
 だからこそ、ここで紡命の書という貴重な切り札を使った。使えもしない大魔道書よりも、ベルナール姉妹との協力の方が有益と判断したから。

「さて、めでたく協力関係になったはいいが、これからの方針はどうする?」

 静夜は優雅に足を組み直し、王の風格を以って言い放った。
 この場での支配者は言うまでもなく静夜だった。彼にはそうした資質があった。存在そのものが支配者。誰も彼も全て、風間静夜という一人の人間に従うしかない。それが意識したものか、無意識したものかの違いはあっても、全ては静夜の傀儡に過ぎない。
 全ては静夜の手の上で起こっていた。それは、覆しようのない事実であった。







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