第二章 災禍の予感 3




第二章 災禍の予感 3

作:遠野 秀一 




  3.


 快晴。
 凪修司は校舎裏のベンチに寝そべり、ぼんやりと空を眺めていた。
 昼休み開始からすでに一五分経過。されど、待ち人来ず。修司は弁当を腹に乗せたまま、ベンチの上に寝転がっていた。空は青く、高い。しかし、だからといって暇が潰れる訳ではなかった。
 正直、何をしているのだろう、と思う。
 ここはかつて恋人である桜と過ごした思い出の場所。そこを別の女性の待ち合わせ場所にするなんて、桜に対する裏切りではないのか。たとえ、亜紗に対して恋愛感情を抱いていなくても、後ろめたさが消えない。
 大きく溜め息を吐き、寝返りを打った。
 当然、ベンチに寝返りを打てるほどのスペースなどあるはずがないので、落ちた。

「ふぎゃッ!?」
「……何してんの? 新手の遊戯?」

 どうしてこのタイミングで現れるのだろう。
 修司は地面に落ちた体勢のまま、自分の間の悪さを呪った。

「たははは……。や、何でもない。それより遅かったな、亜紗」
「藍に捕まってて……」

 亜紗は疲れ切った様子で、盛大に溜め息を吐いた。
 朝の一件を思い出し、なるほど、と修司は納得した。藍は盛大な勘違いをしていた。そして、おそらくその勘違いは今も続いているのだろう。

「ん〜、俺から岸辺に言っておこうか?」
「止めてよ。あんたが余計な口出ししたら、それこそ誤解されるわよ」
「うっ……、確かに変な誤解を生んで、それこそ泥沼になりそうだな。うん、わかった。岸辺の件には口出さない」

 亜紗は安堵の息を漏らし、ベンチに腰掛けた。
 修司も起き上がり、ついでに落ちてしまった弁当も拾って、亜紗の隣に腰掛けた。その途端、亜紗が少し修司から距離をとるように離れた。少しショックだった。
 しかし、修司は気付いていなかった。亜紗の頬が少し赤くなっていたことに。

「あ〜、それで、朝の話の続きなんだけどさ。亜紗はやっぱり、静夜が犯人だと思うのか?」
「当然。あいつ以外に誰がいるのよ?」

 きっぱり言い切る亜紗。
 確固たる証拠はない。しかし、それでも亜紗は静夜が犯人だと確信していた。
 あの男は、悪魔だ。平然と人を欺き、殺すことができる。この事件の裏には、必ず静夜が絡んでいると睨んでいた。

「……う〜ん、俺はそれほどあいつが悪い奴だとは思わないんだけどな」
「……はぁ、あんたもあの外道を庇うの?」
「あんたも?」
「そう。藍ってば、絶対にあの外道は殺していないってうるさいんだから。どうしてあの野郎を疑わないのかしら?」

 亜紗は腹立たしげにパンに噛り付いた。
 今回のベニーニ枢機卿の事件は、瞬く間に町中の噂になっていた。先の事件との関連性も窺える上、先の事件の発端となった人物が殺害されたとなれば、騒がれるのも当然だった。学校でもいろいろな噂が飛び交っている。
 もっとも、学校内では大っぴらに静夜主犯説を唱える者は少なかった。その理由として、静夜を恐れているからであった。しかし、内心どう思っているかは言うまでもなかった。

「まぁ、アリバイもあるし、殺し方に不審な点があるのもわかる。それはいいわ。
 でも、気に入らないのは藍があの外道を庇う理由よ。藍の奴、よりにもよってあの野郎に惚れてるのよ……」
「えっ、マジで? あの岸辺が静夜に……?」
「そうよ。どう転ぼうと、不幸まっしぐらなルート決定よね」

 もはやわかり切ったことだが、亜紗は静夜が本当に嫌いなようだった。

「まぁまぁ、静夜ってあれでも悪い奴じゃないぞ?」
「……はァ?」

 半目で睨まれた上、思い切り顔をしかめられた。
 ここまで嫌悪感を抱かれるとは、静夜は亜紗に何をしたのだろうか。

「い、いや、あれでも柊木教会での一件で岸辺を助けてるし、俺はあいつがそんなに悪い奴だとは思わないぞ。まぁ、素直にいい奴とは言えないけど、それでも絶対に悪い奴じゃないさ」
「あんた、脳みそ腐ってんじゃない?」

 完膚なきまでに、一片の躊躇もなく、ばっさりと言い捨てられた。
 これ以上、反論の余地はなかった。そんなことをすれば、不機嫌な亜紗にどんな目に合わされるかわかったものではない。修司は保身のため、口を噤んだ。

「いい、凪? あれは人間の皮被った悪魔よ。俺様こそ全てとか思ってて、従わない者は躊躇なく始末するに決まってるわ。きっと目的のためなら平気で肉親も切り捨てるわよ。間違いない」

 随分と毒ばかりの発言だ。
 亜紗の鬼畜振りも静夜に劣らない、と心の片隅で思いつつ、修司は小さく溜め息を吐いた。そして、口に出したら絶対に殴られるような感想が無意識に脳裏を過ぎった。

(……同族嫌悪か?)

 地獄突き。
 地獄突き。
 地獄突き。

「あんた、今、何考えた?」
「ぉ、ぉお……。お、お前、鬼だろう? 静夜が悪魔なら、お前は鬼だ……」
「……へぇ、まだそんなこと言う余裕がある訳? そんなに地獄に落ちたい?」

 誰が何と言うとこいつは鬼だ。地獄突三連弾を受け、今この瞬間も首を絞められている修司はそう確信した。
 ひとしきり修司を殴って満足した亜紗は、紙パックの烏龍茶を飲んで一服した。そして、未だ痙攣したまま突っ伏している修司相手に、まるで何事もなかったかのように話を続けた。

「……風間静夜がベニーニ枢機卿殺害、及びに柊木教会少女惨殺事件に関っている。それは間違いないわ。いいから認めろ」
「……げほ、げほ。……わかった。仮に、静夜が今回の事件、柊木教会の事件に関っているとするなら、その根拠は何だよ? いくら(鬼畜な)お前でも、何の証拠もなく静夜を疑っている訳じゃないんだろう?」

 当然、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる亜紗。
 こうした自信満々な鬼畜振りを見ると、本当に静夜に似ている。もちろん、そうは思ってもこれ以上殴られたくなかったので、修司は決して口には出さなかった。

「一番の理由としては、さっきから言っているとおり。あの危険極まりない暴君が黙ってるはずがない。柊木教会の事件はともかくとして、ベニーニ枢機卿を殺さないはずがない。たとえ、あの男が二度と目を覚まさないとわかっていても、あいつは絶対に殺す。
 ただし、ベニーニ枢機卿が殺されれば、確実にあいつが疑われる。だからこそ、あいつには鉄壁のアリバイが必要だった。
 おそらく、今回のベニーニ枢機卿殺害は共犯者が行ったのよ。あいつには人を掌握し、傀儡にする才能を持っている。その才能を駆使し、共犯者Xを操ってベニーニ枢機卿を殺害した。
 まぁ、でも、ベニーニ枢機卿の事件は証拠が足りないから、確固たる証拠はないわ。こじつけと言われれば、確かにそれまで」
「…………」

 先程から散々殴られた修司は、もはや静夜のフォローはするまい、と心に決めていた。
 確かに、静夜ならベニーニ枢機卿を殺してもおかしくはない。しかし、先日から修司が主張しているように、ベニーニ枢機卿を殺した証拠にならない。亜紗の推論どおり、共犯者がいたとするなら殺害可能だが、それでも静夜が事件に関与している証拠にならない。
 亜紗の推論は、ベニーニ枢機卿殺害の共犯者がいるというもの。
 その存在は否定できない。仮にいるとすれば、亜紗の静夜主犯説も筋が通る。しかし、その共犯者は何者で、何故静夜に従うのか、その理由がわからない。静夜と同じくベニーニ枢機卿に恨みを持つ、司、陽平なら共犯者として疑えるが、彼等にも鉄壁のアリバイがあった。
 仮に共犯者がいたとして、それは一体何者なのだろうか。

「でもね、この事件が柊木教会の事件に絡んでいるとするなら、静夜が関っている可能性は飛躍的に高まるわ」
「ん? どうしてだよ? 静夜はあの事件を解決した一番の功労者だろう? それなのに……」

 と言いかけて、修司はようやく気付いた。
 亜紗が執拗に静夜を疑っている理由。もし、今思い付いた推論が正しいのなら、静夜が事件に関っている可能性はある。殺し方については疑問が残るが、事件に関与している可能性は確実に高まる。

「……お前、まさか……、静夜が柊木牧師に協力していたって思ってるのか?」

 心の奥底に封じてあったモノがざわついた。
 桜の死を知った瞬間に芽生えたモノが再び、じりじりと燃え始めた。
 柊木牧師が死んだ今となっては、もう風化するだけと思っていたそれは、殺意。
 もし、静夜が桜の死に関っているとしたら、絶対に許さない。たとえ、何があろうとも絶対に殺す。桜をあんな無惨に殺した者を生かしておけるはずがなかった。

「……そうよ。状況的に考えて、静夜が事件に関与している可能性が非常に高い。
 そもそも柊木牧師一人で少女を拉致するということ自体、相当無理な話よ。人一人誘拐するのに最低でも三人以上はほしいところだし、私の上司は最初から静夜の関与を疑っていたわ」
「……そんな、冗談だろ……?」

 信じがたい、と思うと同時に、疑念が脳裏を離れない。
 いくら少女とはいえ、ほぼ成人に近い人間を拉致、監禁するという作業を一人で行うのは難しい。特に、一般男性より運動神経のある岸辺藍を捕らえるのは相当な労力が必要だ。普通の少女誘拐には三人以上、藍誘拐には五人以上が必要だ。
 それ以外にも、教会地下の儀式めいたものを準備することも、少女誘拐と同様に一人で行うには難しい作業だ。それに、一三人の少女を数週間監禁するのも一人では限界があるだろう。
 確かに共犯者がいなければ、柊木教会の事件は成り立たない。
 もし、柊木牧師が協力を求めるなら、誰だろうか。
 まず候補として上がるのは、風間兄弟と司だ。たが、根が正直で嘘が吐けない陽平を共犯にする可能性はないだろう。また、毛嫌いしていた息子に協力を求める可能性もまた少ない。
 共犯者として一番可能性があるとすれば、それは間違いなく静夜だ。彼ならば平然と人を殺し、肉親さえも騙せる器量がある。

「まだ信じない? だったら、もっとちゃんと説明してあげるわ。
 桜が誘拐された時の状況をよく思い出しなさい」
「……ッ!?」

 亜紗は躊躇なく修司の心の傷を抉った。
 あの日の出来事は修司にとって最大のトラウマ。決して癒えぬ心の傷だった。
 それを思い出せ、と亜紗は言った。

「……まぁ、思い出したくないって言うなら、私が説明してあげる。
 外道と金魚の糞の証言では、柊木牧師が興野桜を誘拐した現場を見た、と言っているわ。でも、まずここがおかしい。そもそも単独で人間一人を拉致するのは難しい。
 仮にできたとしても、何故あの二人はそこで止めなかったの? 相手は一人。しかも、少女を抱えた状態。私でも何とかできるわよ」

 柊木牧師の少女誘拐の現場における不審点。
 それは、柊木牧師が一人での犯行という証言と、その場で救出に行かなかった静夜の行動だ。これはどちらかが破綻していても、おかしい。
 仮に、証言が嘘だったとする。つまり、柊木牧師以外の共犯者がいた場合だ。この場合、それが静夜でないのなら、それを隠す必要がない。ここで嘘を吐くということは、つまり静夜が共犯者ということ。
 もし、柊木牧師犯行現場で静夜が突入したのなら、おそらく確実に桜を助けられた。助けに行かなかったのは何故か。もしくは、助けに行ったが失敗したというのなら、それはどんな状況か。
 柊木牧師一人の犯行なら、仮にナイフや拳銃などを所持していても、静夜なら確実に柊木牧師を止められた。司もその場にいたのだから、協力すれば成功率は更に高まる。
 助けに行ったが失敗した場合。静夜と司、二人掛かりで止められないというのなら、最低でも三〇人以上は必要だ。現実的にそんな人数で犯行を行うはずがない上、そもそも助けに行ったのならそれを隠す必要がない。そもそも、そういう状況そのものが破綻している。
 よって、この時静夜は柊木牧師と共謀し、興野桜を誘拐した可能性が高い。
 加えて言うならば、司も同様に共犯関係である可能性が高い。そして、司も含めれば人数が三人となり、拉致の成功率がぐっと上がる。

「確かに……。いや、そもそも静夜なら相手が複数であろうと、充分に渡り合えるだけの力はある。実際、うちの学校の連中はあいつを恐れてるし、俺だってガチの喧嘩で勝てる自信はない……」
「でしょう? それに、静夜に声を掛けられれば、ここいらの連中は誰も逆らえない。あの藍だって簡単に捕まえられるでしょうね」
「だけど、だったら何で自分の手で事件を解決したんだ? そんなことしなくても、あの事件は迷宮入りしたかもしれないだろう?」

 亜紗はこくりと頷き、烏龍茶を啜った。
 話すという作業は大変喉が渇く。普段、あまり話さない亜紗にとって、これだけ話すのと喉が痛くなってくるのだ。
 ずずっと音と立て、最後の一滴まで飲み干した。そして、亜紗は飲み終わった烏龍茶のパックを、ぐしゃ、と握り潰した。
 そして、それを遠くに設置してあるゴミ箱向けて放り投げた。

「……用済みの駒は捨てられる。つまり、そういうことよ」

 空の烏龍茶パックはゴミ箱の端に当たり、地面を転がった。
 中身の入っていない紙パックはただのゴミ。必要のないものは捨てられる。
 つまり、柊木牧師は、静夜にとって不必要になったから、始末された。

「じゃあ、あの事件は全部……」
「そう、あれは紛れもなく風間静夜が起こした事件よ。
 しかも、あの野郎はわざと自分に容疑が向くようにしている。私達、それにベルナール姉妹が事件に介入することを望んでいる。そして、踏み込めばそこには確実に必殺の罠が仕掛けられている。
 あいつにどれだけの手駒があるのかはわからない。だけど、下手に踏み込めば確実に殺される。踏み込むには、武器がいる」

 そう言って、亜紗は真剣な表情で修司を見つめた。
 あえて真意は口にしない。この程度のことを自分で気付けないようでは、いずれ確実に足手まといになる。修司は阿呆だが、頭の回転は決して悪くない。彼は静夜と対極的な存在。だからこそ、静夜を倒すための銃弾になるかもしれない。
 態度には一切表れていないが、亜紗は修司に期待していた。どれほど否定しようとも、亜紗の中で修司の存在は特別だから。

「……武器。……もしかして、桜の魂を見つけることが何か、あいつにとっての脅威になり得るのか? 静夜の目的を妨害する何かになるのか?」
「……正解。よく気付いたわね」
「いや、そもそもお前が最初に持ちかけたのはこの話だろう? それに、一番大事なのはやっぱり桜だよ。俺は、桜を救いたい。死んでからも苦しみ続けるなんて、あんまりだろう……?」

 何故だが、その一言が少しだけ心に刺さった。
 亜紗はそっと胸を押さえ、一瞬目を伏せた。そして、次の瞬間には何事もなかったかのように話を続けた。

「そうね。あんたには桜の魂、惨殺された一二人の少女の魂を捜してもらう。おそらく静夜はそれらを使って、とんでもないことを仕出かす気よ。今ここで止めなければ、どうなるかわからないわ」
「……なぁ、亜紗。話の展開からして、何かろくでもないことが起ころうとしているんだよな? もうここまで来たんだ。教えてくれないか? 何を言われても、俺はお前を信じる。だから、頼む」

 一瞬逡巡し、亜紗は大きく息を吸い込んだ。
 本当ならここまで修司を巻き込むべきではない。そう思ってはいたが、それでも亜紗は無意識のうちに修司を事件に引き込もうとしていた。
 修司と一緒にいたい。そんな想いに気付きつつも、亜紗は必死でそれを否定した。それは何だかとても負けた気分になるから。
 亜紗は溜め込んだ息を吐き、本来人が触れてはいけない禁忌を語り出した。

「……死者蘇生の大魔術。あいつはね、この町そのものを生贄にして、柊木楓を生き返らせようとしているのよ。今回の事件も、柊木教会の事件も全て、その下準備に過ぎない」








 静林学園の屋上に冬の風が吹き込む。
 昼休み。静夜達は屋上で昼食をとりながら、事件について話し合っていた。話し合いというよりも、ベルナール姉妹の尋問に近い形だった。柊木教会少女惨殺事件での静夜の不審な行動について、彼女達は問い質していた。
 しかし、静夜はそれらを平然とかわし、余裕ある答えを返してきた。
 冷たい風に身を震わせながらも、リーズは怪訝そうに静夜を睨んだ。

「……つまり、柊木牧師の魔術を警戒して、その場に留まったのね?」

 リーズは若干の不満を覚えながらも、静夜の答えに納得した。
 先の柊木教会の事件において、興野桜拉致の現場を目撃しながらも救出に向かわなかったことについて、静夜はこう釈明した。
 柊木牧師は少女拉致の際、催眠の魔術を行使していた。不用意に飛び込めば、催眠の魔術に掛かる可能性が高かったので、その場は傍観した。
 確かに筋が通らないこともない。だが、それでも疑問はまだ残る。

「その割に、教会地下では派手に立ち回っているわよね? どうして?」
「馬鹿だな、お前は」
「だ、誰が馬鹿よ!? 殺すわよ、この腐れ外道!!」

 静夜に飛び掛ろうとするリーズ。しかし、それを間一髪のところでリゼットが羽交い絞めにして止めた。相棒が短気だと、苦労が絶えない。

「ふっ、馬鹿ではなく、イノシシだったか?
 いいか、リーズ・ベルナール? お前は何の対策も立てず、魔術師の根倉に踏み込むのか? さすがにイノシシ並のお前でも、そんな馬鹿はしないだろう? 柊木の家系……、いや、この町には魔眼の血を引く者が多い。だから、魔眼返しの鏡を適当にでっち上げてから、乗り込んだよ。他にも対魔術師用の装備を持っていった。
 それに、暗い地下室なら魔眼の効果範囲も短いだろう? 魔眼は基本的に、対象と目を合わせることで発動する対人魔術だからな」
「なるほど、一理ありますね。邪眼使いの父なら、どれほどの魔眼を持つかわからないですからね。私でも多分、同じ行動をとりますね」

 リゼットは小さく頷き、納得した。
 『魔眼』は効果範囲、限定条件が大きい分、その効果は計り知れない。基本的には対人、対生物にしか効果はないが、催眠、幻覚、魅了など対象の行動をほぼ無効化できる。最上位クラスになると、相手を石化させることさえ可能だった。
 クルキアレ殲滅部隊でも、魔眼使いを戦う場合は必ず魔眼返しの装備を用意する。決して一人で戦わない。それらの条件が揃わない場合は、決して魔眼使いを相手にしない。それほどまでに、魔眼とは厄介な魔術なのだ。

「なぁ、昨日はうやむやになっちまったんだが、その魔眼だか、邪眼だかってのは何なんだ? 大体のニュアンスはわかるんだが、いまいち具体的にわかんねーんだが?」
「魔眼ってのは、目を媒体とした魔術だ。簡単に言えば、目を合わせた相手を眠らせたり、操ったりすることのできる魔術だ。
 手順として、対象と目を合わせ、ラインを結ぶ。どんな魔眼でも、まずこれが必要だ。魔眼というのは、目を合わせることによって、自らの魔力を相手に送り込むものなんだ。だからこそ、対象と目が合っていなければ効果はない。効果範囲が短く、限定条件も厳しいが、効果は抜群だ。たとえ、熟練した魔術師でも、魔眼を防ぐことはできない。だからこそ、俺達は柊木牧師を警戒したんだよ。
 それと、魔眼ってものは基本的に習得が難しく、先天性に依存している。仮に後天的に見つけたとしても、大した効果は期待できない」
「ふむ、なるほど。で、邪眼ってのは? 司には、それがあるんだろ?」

 そう言って、陽平は司の眼帯を見た。
 生まれつきの疾病があるという理由で眼帯をしている、と聞いていたが、おそらく本当の理由は違うのだろう。彼の身に宿る邪眼の力、それを封じるためのものだろう、と陽平は思っていた。
 実際、その考えは正しかった。邪眼とは、封印しなければならないほど危険なものだった。決して光ある世界に出してはいけない呪われた産物だった。

「……邪眼とは、魔眼における最上位の呼び名だ。効果は、死。見るだけで相手を殺せる最強の魔眼だ」
「み、見るだけで相手を殺す!? そ、そんな馬鹿なことが……」

 陽平はあまりの衝撃に、その事実を受け止められずにいた。
 見るだけで相手を殺せる。そんな現実にあるとは、夢にも思っていなかった。信じられない、と思いながらも、陽平の脳裏にある記憶が蘇った。
 僕の生まれもった呪いが、母を殺した。
 それは誰の言葉だったか。その言葉の意味は、一体何を示すのか。それは深く考えるまでもないことだった。

「……言ったろ、陽平。つまり、そういうことだよ。僕は、生まれついての人殺しなんだ。この呪われた邪眼が、母を殺したんだ……」

 臓腑から搾り出されたような怨嗟の声。
 生まれもった呪いに縛られ、償い切れない十字架を背負わされた司の懺悔だった。
 陽平は知らなかった。今までずっと一緒に過ごしてきた幼馴染がこんなにも重い業を背負っていたことを。だから、それはとても悲しく、悔しいことだった。

「さて、話は逸れたが……」

 まるで何事もなかったかのように、静夜はそう言った。
 陽平はその態度に腹を立てて何か言おうとしたが、司に止められて口を噤んだ。

「俺の疑いは晴れたか?」
「うん、一応ね」

 まだ腹に一物抱えているような物言いだった。
 リーズは本能的に、静夜という人物を警戒していた。それは長年培ってきた戦士としての勘だった。この男を信用してはいけない。
 一方、リゼットはすっかり静夜を信用しているようだった。人がいいのも困りものだ、とリーズは内心呆れていた。
 しかし、彼女が信頼する人間に悪い者はいなかった(多少性格に問題ある物もいたが)。彼女にはサーチャーとしての能力がある。危険な魔術師なら、すぐさまわかるはずだ。その彼女が信頼しているということは、静夜は見た目以上に悪い奴ではないのかもしれない。
 頭では信頼すべきと思っていても、リーズはやはり風間静夜という人間を信じられなかった。

「それで、これからどうする? ベニーニの事件を追うのか? それとも……」
「ベニーニ枢機卿の事件はとりあえず警察に任せましょう。私達ができることはあまりないでしょうし、最有力容疑者の貴方が現場をうろつくのもよくないでしょう。
 まずは柊木教会へ。二つの事件が繋がっているとするなら、どちらか片方の真相を辿っていけば、いずれ事件の全容に迫られるでしょう」

 リゼットの言葉に頷き、静夜は薄い笑みを浮かべた。
 一際冷たい風が吹き込んだ。もうこの季節に屋上で昼食をとるのは酷だった。冬はもう間もなく訪れる。
 風城町は冬の訪れが早い。町に吹き込む寒風がどこよりも早く冬を連れてくるのだ。風の城に守られた町。その名のとおり、風城町は年間を通して強い風が吹き荒れ、外敵の進入を妨げる結界となっている。いや、外敵のみならず、町に住まう者にも猛威を振るう。
 風は災厄を呼ぶもの。
 故に、この町には古くから風切鎌の習慣がある。災禍の風を祓うべく、風を切るための鎌。風切鎌は風が強い地域によくある風習であり、また風神の御神体でもあった。
 現在、風城町でを奉じている場所は、鎌足神社のみ。つまり、鎌足亜紗の生家である。鎌足亜紗は、風を奉じ、また殺す者。
 災いの風は一人の少年を選んでいた。
 その者の名は、風間静夜。生まれながらの支配者であり、災厄を招く邪悪なる悪魔。

「そうだな。二つの事件には、同じ闇が潜んでいる。なら、どちらを追っても同じだな。
 いいだろう、まずは柊木教会に向かおう。そこで、あの始まりの事件の真相を暴くぞ」

 風は歓喜するように吠えた。
 これから起こる惨劇を喜ぶように、風は吹き荒れていた。







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