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第三章 惨劇の亡霊 1 作:遠野 秀一 1. 「……俺は、絶対にあいつを殺す……」 あいつの所業、あいつの因果、あいつの存在……。 その全てが許せない。あいつを殺さなければ、俺は自身の存在すらも認められない。あいつに奪われたもののために、俺はあいつを殺す。 「わかってる……。こんなこと、何の意味もないことは……」 殺したところで奪われたものは戻らない。 取り戻したかった一番大事なものは、二度と戻ってこない。 それはわかっている。だが、それでも殺さなければならないのだ。あいつを殺さなければ、俺は俺自身の存在を許せない。俺かあいつ、そのどちらかが死ななければいけない。どちからがこの世から消えなければ、存在できないのだ。 「お前はきっと、こんなことを望んでいないんだろうな……。それでも……」 俺達は、不倶戴天の存在。決して相容れず、その存在を認められない。 だから、俺はあいつを殺すためにこの命を懸ける。たとえ、その先に滅び敷かなかろうとも、道はそこにしかないのだから。 俺は、あいつを殺す。 今はそれだけを考えていればいい。 「……俺はあいつを殺しに行く。じゃあ、行ってくるよ、………………」 「それで、桜の魂がいそうな場所って心当たりあるのか?」 周囲に人がいないことを確認し、修司はそう尋ねた。 時刻は三時半。放課後となり、修司と亜紗は一緒に下校していた。最初、亜紗は修司と一緒に帰ることを渋っていたが、結局修司が強引に亜紗に付いて行った。その後、修司が何を言っても、亜紗は答えてくれなかった。ちなみに、この質問も三度目だった。 一方、亜紗は不満そうだが、頬は少し赤かった。その顔を修司に見られないよう、必死で顔を隠していた。 「……一応、二つある」 「二つ? 一つは柊木教会だよな? もう一つは?」 ようやく亜紗が答えてくれて、ひとまずほっとする修司。 「風明寺跡よ。風城町の鬼門方角に位置する穢れ地」 「……なんか不吉な言葉がたくさんあるな」 「当然よ。風城町でもっとも邪気が集まっている場所だからね」 亜紗の言葉を聞いて、更に不安が増した。 仮にそんな場所に桜の魂がいるとして、果たして無事なのだろうか。そもそも、桜の魂はまともな状態なのだろうか。 桜が殺された時の状況を思い出し、修司の胸は締め付けられるように痛んだ。 「……一応、先に言っとく。あまり期待しないで。……いろいろと」 「あ、あぁ……」 厳しい現実を突きつけるような亜紗の言葉に、修司は力なく俯いた。 また、あのような酷いものを見なければいけないのだろう。もう二度とあんな辛く、悲しい想いはしたくない。 どうして桜ばかりが、あんな酷い目に合うのだろうか。 「……やっぱり、止めましょうか? そんな辛そうな貴方、見たくないわ」 修司は目を丸くして、亜紗を見つめた。 非常に失礼なことだとわかっていたが、初めて聞いた亜紗の優しい言葉に驚いてしまった。まさか彼女に気遣われるとは思っても見なかった。 その修司の心情は一瞬にして看破され、亜紗に思い切り足を踏まれた。 「あんたねぇ……。人が心配しているのに何なの、その顔は? 何、私が貴方の心配するのが、そんなに意外? 意外なの?」 「い、いや、そうじゃなくて……」 実はそうなのだが、さすがにそう言う訳にはいかない。 「亜紗ならさ……、俺のことなんか気にせず強引に引っ張っていくかなぁ、って思ってたから驚いたんだよ」 「失礼ね! 私はそこまで横暴じゃない!」 結局殴られた。 しかも、一撃の破壊力は今までの中で一番だった。 「……げほ、げほ。わ、悪かったよ……」 「ったく、人のことを鬼呼ばわりするわ、人でなし扱いするわ、貴方は私のことを何だと思っているのよ!?」 「い、いや、それは……」 ぶっちゃけ、怖い奴。そして、鬼。 まさか、そんなことは言えない。言ったら、絶対に殺される。冗談抜きで、今ここで言ったら、殺される。 「か、か、可愛い女の子?」 「……いいことを教えてあげる。貴方にお世辞は向かないわ。逆に相手を不愉快にさせるから、止めておきなさい」 殴られなかった。しかし、亜紗の射抜くような冷たい眼光が、殴られるよりも恐ろしかった。おそらく寿命が著しく削られたと思う。 「……あ、ぁあ〜、えっと、亜紗さん……。機嫌を直してもらえないでしょうか?」 「うるさい、黙れ。私の三メートル以内に近付くな。殺すぞ、阿呆」 凶悪さが静夜並になっている。これはもう手が付けられない。 修司は大きく溜め息を吐き、逡巡した。亜紗の機嫌を直す方法に心当たりがない訳ではなかった。朝の一件ですっかり勘違いした岸辺藍がいろいろと情報を教えてくれた。 クレープ各種、四〇〇円也。 藍曰く、彼女の機嫌を取るには最低三個以上必要らしい。 財布を見る。夏目さんが二人いた。否、二人しかいなかった。他は誰もない。少なくても、内一名は確実に殉職する運命にあった。ポケットの中で小銭がジャラジャラと鳴っているが、大した戦力にならない。 「……ぇえ〜、亜紗さん。僭越なのですが、あそこのクレープ屋で亜紗さんにクレープを奢らせてもらえませんか?」 「…………五個ね」 夏目二名、二階級特進。凪小隊、全滅。 それで亜紗の機嫌が直るなら安いものだ。修司は泣く泣く頷いて、財布の夏目の冥福を祈った。 二人は道を変えて、駅前の通りに向かった。 風城町は元々村に近いような小さな町だったが、駅前は大分賑わっている。数年前に駅ビルが完成し、駅前の通りも新しく舗装されて様変わりした。おかげで幾つかの商店が立ち退き、ファーストフード店が顔を利かせるようになった。以前と比べれば、便利になったが、以前までの古き良き面影は消えていた。 そんな駅前通りに、最近ワゴンのクレープ屋が訪れるようになった。この店は最近この町に流れてきたのだが、瞬く間に評判の店となっていた。亜紗のお気に入りの店らしい。 それにしても、女性客の比率が多かった。とても近寄りがたい。 修司は店に近付くのを躊躇っていたが、亜紗はさっさと行ってしまう。慌ててそれを追い、財布を取り出した。 「あらァ♪ お久し振りねぇ?」 店の前まで来て、修司は凍り付いた。 第一印象は、うわぁ~嫌なもんの見たわぁ、だった。 オカマは意外にマッチョ比率が高い。何故、マッチョの中には自ら性別を変えようとする者がいるのだろうか。何かしらの理由は歩きがするが、修司はそれについて熟考する気に離れなかった。 とりあえず、可愛らしくデコレーションされたクレープ屋の店主は、丸太のような豪腕とシャツからはみ出た胸毛がチャームポイントのニューハーフだった。ちなみに髪型はおかっぱの三つ編みだった。 「…………亜紗、知り合いか?」 「まぁ、常連だからね。いろいろと」 この濃い顔をした店主を見ただけで、修司はもう何かを食べる気にはなれなかった。亜紗の豪胆振りに感服だ。 「今日は彼氏と一緒なのかしらァん?」 「だ、だ、だ、誰が彼氏よ! こんな阿呆なんか、私のタイプじゃない!」 顔を真っ赤にして怒鳴る亜紗。 そんなにも全力で否定することないだろう、と修司は少し傷付いた。しかし、彼女が怒っている本当の理由を、彼は知らない。 「あらァ? そうなのォ? じゃあ、アタシが頂いちゃおうかしらァん♪」 「いっぺん死ね、オカマ」 「オカマ言うな、ゴラァ!? あァ、てめぇこそ死にてぇのか、クソガキがァ!? ワシは女だって言ってんだろうが!!」 「うるさいわね、女を名乗るなら、ワシと言わない方がいいわよ?」 「あらァ? アタシとしたことがつい取り乱しちゃったわァん? ごめん〜♪」 一見険悪そうにも見えるが、亜紗と店主は意外に仲がよさそうだった。 常連というくらいなのだから、それなりに親しいのだろう。注文も、いつもの、で通った。それにしても、いつも五個くらいクレープを食べているのだろうか、彼女は。 修司は二人から少し離れた場所で、二人の様子を眺めていた。いや、二人というよりも、亜紗の横顔を見つめていた、という方が正しかった。 (正直、信じられないことはたくさんあるんだけどな……) 惨殺された一二人の魂が消え、その行方を追っている。 まともな神経があるのなら、そんな話など信じられるはずがなかった。修司も馬鹿だ阿呆だと言われながらも、普通の思考回路をもつ正常な人間だった。幽霊やUFOなど存在を本気で信じてはいない。あったらいいな、くらいにしか思っていない。 しかし、それでも修司は亜紗の話を信じていた。 いや、亜紗を信じた、という方が正しいかもしれない。もし、この話を別の誰かが言ったのなら修司も決して信じなかっただろう。 だから、修司が信じたのは、亜紗が話したからだ。 彼女の真摯な瞳と言葉に、偽りはないと思ったのだ。たとえ、それがどれほど信じ難い馬鹿げた話であろうとも。 「……ん? 何?」 亜紗が振り返り、修司を見つめた。 吸い込まれるような漆黒の瞳。一瞬、見惚れそうになって、修司は慌てて頭を振った。おかげで亜紗に不審そうな目で見られた。 「いや、何でもない。つーか、そろそろ行かないか?」 「ほらァ、亜紗。構ってあげないから寂しがっているわよ、彼氏?」 「だから、彼氏じゃない!!」 「はいはい、それより注文の品よ。はい、どうぞォ〜」 店主は不気味な笑み(本人的には会心の笑み?)を浮かべ、可愛らしくデコレーションされた箱を亜紗に渡した。 もちろん代金は修司が払った。彼の全財産は花柄のエプロンをしたニューハーフの手に渡ってしまった。 修司はすぐにその場を去ろうとしたが、亜紗に襟首を掴まれて止められた。 振り返って亜紗を見ると、まだ終わっていない、と目で語っていた。これ以上、ここで何をするつもりなのだろうか。 「それより、例のチョコは用意できた?」 「もっちろんよォ♪ まぁ、あまりいいものじゃないんだけど、充分甘いわよ。それと、パイの方だけど、彼の分も用意したわァ。まぁ、彼の分はちょっと大きくなっちゃったけど、いいわよね?」 「うん。急に頼んだのに、ワガママ聞いてくれて、ありがとう」 「うふん♪ いいわよォ〜。アタシも貴方のおかげで何度も助けられたんだからァ?」 何故だか、修司は背筋の凍るものを感じた。 会話こそ普通に聞こえるが、急に二人が纏う空気が変わったように感じられた。何か、不吉な影を感じられた。 もっとも、この二人は日常的に普通ではないような気がしたが。 「じゃあ、風明寺跡に向かうわよ」 「あ、あぁ」 人々から見捨てられたその場所は、陰鬱な雰囲気に包まれていた。 もう何十年も放置された寺院は半壊し、見る影もなかった。元々は立派な建造だったのだろうが、すでに床や壁に穴が開き、柱も幾つか折れていた。屋根にも大穴が口を開け、瓦もいくつか剥げ落ちていた。賽銭箱らしき物が残っていなければ、もはや寺院の跡とは思えないほどの荒廃ぶりだった。 周囲には鬱蒼とした林があるが、とても暗くて一度踏み込めば二度と出られないようにすら感じられる。参道も雑草が生い茂り、道と呼べるようなものではなくなっていた。 何度か話を聞いたことはあるが、ここは本当に酷い。 修司は一度子供の頃に訪れたことがあったが、その時はこの場所のあまりの不気味さに逃げ帰った経験があった。今またその時の感情を思い出していた。 「……それにしても、相変わらず不気味な場所だな。幽霊でも出てきそうな雰囲気だ」 「あんた、馬鹿? 私達は、その幽霊を捜しに来たのよ」 「あ、あぁ、そうだったな。つい、雰囲気に呑まれて阿保なことを言っちまった」 「いや、あんたが阿保なのは今に始まったことじゃないでしょ」 手厳しい一言だ。しかも、否定できないところがまた痛い。 修司は軽く頬を描き、周囲を見渡した。彼には霊視能力などないので、ここに桜の魂があるのは全く判断できなかった。それについて聞こうと口を開いたが、それより早く亜紗がその疑問に答えた。 「……いないわ。ここも柊木教会と同じになっている……」 「柊木教会と?」 柊木教会と同じ状況。それは、いったいどういうことなのだろうか。少なくても、ここでは殺人事件は起こっていないはずだった。もっとも、不気味な怪談話ならいくらでもあったが。 「誰の魂もいない……。ただ、邪気だけが強まっている」 「誰もいないって、無駄足だったのかよ」 少し気落ちしてしまった。 すぐに桜の魂を見つけられるとは思っていなかった。しかし、やはり期待が外れるのは辛い。一刻も早く桜を救ってあげたいというのに。気ばかり焦ってしまう。 「無駄足という訳ではないわ。二週間前まで怨霊に満ち溢れていたこの場所の霊魂が一つ残らず消えている。この発見は大きい」 「う〜ん、よくわかんないんだけど、この柊木教会の事件、ベニーニ枢機卿の事件、そしてこの風明寺跡。静夜は人の魂を集めているのか?」 「……まぁ、基本的には正解ね。でも、順番が違うわ」 亜紗は少し首を傾げ、軽く逡巡した。 静夜の目的はわかっている。ならば、それを為すためにすることは決まっている。 「おそらく順番として、柊木教会、風明寺、そして病院となるんでしょうね」 「そうか。よくわかんないんだけど、お前がそう言うならそうなんだろうな」 修司がそう答えると、亜紗は一瞬目を丸くした。そして、呆れたように溜め息。 「……あんた、人が言うこと信じ過ぎ。もう少し疑うことを覚えなさい」 「いや、俺だって全部を信じてる訳じゃないぞ。今だって静夜が犯人だとは思ってないさ。だけど、お前が嘘を言うとも思ってない。だから、俺が信じてるのはお前なんだ」 「ば、馬鹿言うな!」 思い切り殴られた。 だが、それほど痛くはなかった。亜紗にしては珍しく、手加減してくれたようだ。 「と、とにかく、もう少しここを調べてみるわよ!」 「お、おう!」 二人はさっそく風明寺跡の調査を始めた。 修司には邪気というものはわからなかったが、この場所がまともではないことは肌で感じられた。陰湿で纏わりつくような何かが辺りに充満している。 吐き気がする。ここは人がいていい場所ではない。 一見すれば、ただの廃墟に過ぎない。しかし、一瞬でも気を緩ませると、そのまま引き込まれるような錯覚に陥りそうになった。 風明寺の周囲をぐるっと一周回ってみたが、結局何もなかった。 寺そのものはほぼ半壊しており、特に真新しい損壊はないようだった。元々、小さな建物のようで、正面から見たよりもあまり大きくはなかった。数分も経たずに一周できてしまった。 外部を一通り確認し、修司達は風明寺内部に侵入した。 風明寺本堂は相当脆くなっているようで、一歩目でいきなり床が抜けた。二人は床を抜かないように慎重に歩を進め、内部を探った。しかし、結局大したものは見つからなかった。 見つけたものといえば、不気味に朽ちた仏像くらいだった。薄暗く崩壊した本堂の奥にひっそりと佇む仏像はあまりに不気味で異様だった。 本堂に入ってわかったことは、風明寺本堂の中の方が若干邪気に満ちていた。ただ、それも微々たる差で、亜紗の指摘がなければ修司にはわからなかった。 結局、新しい発見は何一つなかった。 亜紗は難しい顔で仏像を見上げ、思案に耽っていた。修司としては一刻も早くこの場所から離れたかったのだが、亜紗を置いていく訳にもいかず、半壊している賽銭箱に腰を下ろしていた。 「なぁ、亜紗。そろそろ出ようぜ。こんな陰気臭い場所にいつまでもいても、仕方ないだろう?」 「……う〜ん。えっ、何?」 どうやら亜紗は一度考え込むと何も聞こえなくなるタイプらしい。 「だから、さっさとこんな所から出ようぜ?」 「あ、うん。そぅ……」 考え事を止め、亜紗は振り返った。 その瞬間、亜紗のもう一つの視界が開けた。普段は閉じられた亜紗の視界。目という受信装置が認識する世界ではなく、亜紗の能力が認知する幻想世界。有り得ざるそれを『視る』ための視界が、それの存在を逸早く認識した。 だから、亜紗は言葉よりも早く、自身が飛び出していた。 そうすることでどうなるかわかっていても、亜紗は飛び出さずにはいられなかった。 「駄目、凪ッ!!」 「えっ……? ぉわあああッ!?」 修司には何が起こったのかわからなかった。 突然、亜紗が飛び付いてきた。そのまま勢いに押され、二人で宙を舞っていた。何故、と思う間もなかった。 しかし、それを見た瞬間、背筋が凍った。 何故それが今ここで現れたのだろう。こんなところで現れてはいけないはずなのに。現れてはいけないそれは雨となり、修司の頬に落ちた。 真っ赤な鮮血。 それは誰の血なのだろうか。 いや、それが誰のものかなどわかり切っている。 それは、亜紗の血だった。修司を庇い、亜紗が負った傷。そこから溢れる彼女の血だった。 (さ、桜……) 想起される最悪の記憶。 最愛の人が殺された時の光景が、修司の脳裏に蘇った。 守れなかった大切な人。彼女は無惨に切り刻まれ、血の海に伏していた。 「うッ!?」 「……ぐぅッ!?」 二人の体は参道の石畳に落ちた。修司は一瞬息が詰まった程度だったが、亜紗は小さな悲鳴を上げ、そのままぐったりと動かなくなった。 血が広がっていく。 亜紗の背中から大量の血が零れ落ち、血の海を作っていく。 「あ、亜紗……」 最愛の人が殺された時の光景。 また、それと同じものが目の前に広がろうとしていた。 「……うるさい、馬鹿……。無事なら、とっとと、逃げろ……」 彼女は今まで見たことがないくらい優しい笑みを浮かべていた。 何故そんな笑顔を浮かべられるのだろうか。背中の傷は一見しただけで致命傷となっており、どれだけの苦痛が彼女を襲っているか計り知れない。それなのに、彼女は笑顔を浮かべて、逃げろと言った。 こんなにも血塗れなのに、何故他人の心配ができるのだろうか。 殺された桜の死に顔と、血塗れの亜紗の笑顔が重なった。守れなかった少女と、今まさに死のうとする少女。 「……ぼさっとしない。私のことは、いいから逃げろ、馬鹿……」 「何言ってんだ、馬鹿はお前だ! 私のことはいい? ふざけんなッ!! お前を置いていける訳ないだろう!」 修司は亜紗を怒鳴りつけ、血塗れのくせに喧しく騒ぐ少女を抱えて体を起こした。 そして、怒りに満ちた目で顔を上げた。視線は先程まで彼がいた本堂に向かっていた。その先に、亜紗を傷つけた奴がいるはずだった。 「……な、何で、お前がここに……」 血染めの黒き外套、悪魔の面を被ったその出で立ち。 その姿を忘れるはずがなかった。修司がそれと出会った時、それはすでに死んでいた。確かに物言わぬ骸になっていたはずだった。 しかしそれは今、修司の目の前にいた。あの時と全く同じ出で立ちで。 それはまるで夕闇に溶け込むような不気味な存在。返り血を浴びた漆黒の外套を羽織り、手には血塗れの大鎌が握られていた。山羊を象った悪魔の面から覗く眼光は無慈悲な輝きを放っていた。 「柊木牧師ッ!! 何でてめぇが生きてやがるッ!!」 黒衣の悪魔は何も語らず、修司達を見下ろしていた。 亜紗の血で濡れた大鎌が不気味に輝く。あの悪魔が握る大鎌は亜紗だけではなく、もっと多くの者の血を吸ってきたはずだ。その中の一人には修司の恋人、興野桜も含まれているはずだった。 「迷って出てきやがったのか……。だったら、俺が地獄に送り返してやるッ!!」 怒りの雄叫びが境内に響いた。 桜を殺し、亜紗を傷つけた悪魔。そんな存在を許せるはずがなかった。一度は静まった殺意が蘇る。この男だけは許す訳にはいかない。 殺す。この悪魔だけは、絶対に殺さなければならない。 修司の心に黒い闇が芽生える。真っ黒な殺意だけが心を支配する。 風が嘲笑うように吹き叫んでいた。 |